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1000匹狩ればスキルMAX。ドラゴンという絶壁を前に、子供になった元部長が導き出した――「生存戦略」  作者: 月城 蓮桜音


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第33話 足りぬ、動かぬ、声も出ぬ!

『まずは食う! グワッハッハッハッハ!!』

 

 闇のドラゴンはそう言うと、こちらの返事も待たずに首を伸ばしてきた。……いや、伸ばすというより、“迫る”だ。距離が一気に消える。近い近い近い! 顔がデカい! 私は反射的に一歩下がりかけたが、踏みとどまる。ここでビビったら、ずっとビビらされる。交渉の場は、最初の一歩で決まるのだ。

 

 ドラゴンは皿の上の照り焼きを、鼻先でふっと嗅いだ。黄金色の瞳が細くなる。

 

『……うむ』

 

 そして、尖った爪先で器用に肉を一切れつまみ、口へ運ぶ。噛んだ瞬間、闇の鱗の奥で、僅かに喉が鳴った。……いける。味は口に合ってる。私は胸の内で小さく安堵した。だが、安心したのは一瞬だけだった。ドラゴンは次の一切れに爪を伸ばし――そのまま動きを止めた。

 

『……』

 

 静寂。嫌な沈黙だ。私は笑顔を貼り付かせたまま、胃の奥がひゅっと縮むのを感じた。

 

『照り焼き』

 

 ドラゴンが、低く呟く。

 

『ちまちま食ってはいるが……これでは我の一口分しかないではないか』

 

「ええーー?」

 

 思わず声が裏返った。

 

「人間の十人前ですよ!?」

 

 ドラゴンは首を傾げ、鼻先を私へ寄せる。その動きだけで、空気が重くなる。

 

『人間の十人前……?』

 

「はい!」

 

『……ふむ』

 

 ドラゴンは、わざとらしく頷いた。

 

『つまり』

 

 そして、ニヤリと笑う。

 

『お前たちは、十人で我の一口分を争って食うのだな』

 

「そんなわけないでしょう!?」

 

 なんだこの理屈!? 強者の理屈すぎる! ドラゴンは満足そうに笑い、黒岩の床を爪でカリッと引っ掻いた。

 

『腹が減っては、声も出ぬ』

 

 また言った。しかも今度は、さっきより堂々としている。

 

『よって、話し合いはできぬな! グワッハッハッハッハ!!』

 

「ええ!? それは困りますよ……!」

 

 私は思わず前に出た。――いや、出てしまった。落ち着け。焦ったら負けだ。焦ったら……。だが、焦る。ここで交渉が止まったら、私はただの“美味い餌”で終わる。

 

 私は息を吸い込み、頭を切り替えた。交渉は、相手の要求を飲むことじゃない。相手の要求を“条件”に変えることだ。

 

「……材料はありますから」

 

 私は笑顔を作り直し、言葉を丁寧に選んだ。

 

「場所を貸してもらえるなら、ここでお作りしましょうか?」

 

『ほう?』

 

 闇のドラゴンが目を細める。面白がっている目だ。

 

『この場で作ると言うか』

 

「ええ。できます」

 

『人間の火で?』

 

「……ええ。火はあります」

 

 私は一瞬だけ、魔法の感覚を思い出した。火を出すだけなら難しくない。問題は――道具と場所だ。ドラゴンは数秒、黙って私を見ていた。視線が、骨まで透かしてくるようで、背中に汗が滲む。だが次の瞬間、ドラゴンは鼻で笑った。

 

『よかろう』

 

 そして首を少しだけ動かし、黒岩の壁の一部を顎で示す。

 

『あそこだ』

 

 私が視線を向けると、黒い岩肌の奥に、僅かな窪みがあった。まるで、昔からそこに“炉”があったかのように、平らな岩が並び、風が避けられる形になっている。立てかけてあるのは鉄板だろうか。……用意が良すぎるのでは? いや、違う。これは私のためじゃない。ドラゴンにとっては、ただの“遊び場”だ。人間が慌てて料理をする姿を見て、笑うつもりなのだろう。くっ……。でも、乗ってやる。

 

「ありがとうございます。では、失礼します」

 

 私はインベントリを開き、必要なものを取り出し始めた。肉。タレ。香草。鍋。鉄板。箸。……そして、火。黒岩の窪みに手をかざし、魔力を流す。パチッ、と乾いた音がして、炎が生まれた。

 

『……ほう』

 

 闇のドラゴンが、興味深そうに目を細める。見られてる。めちゃくちゃ見られてる! 私は背中に視線を感じながら鉄板を置き、(おこ)した火でしっかりと温める。


 鉄板が温まるまでには時間がかかる。まずは肉を捌かなければ。私は希少部位を「ドン」と一頭分出した。昔食べた、驚くほど分厚いステーキの厚さに切り分ける。焼き加減にムラが出ないよう、すべて同じぐらいの厚さに切る。そして、肉が反らないように、筋切りをした。


『……器用なヤツだ』


 ドラゴンの言葉に苦笑いを返し、私は料理に意識を戻す。鉄板は温まったようだ。気をつけて焦がさないように。だが香りは最大限に。前にエリスさんが言っていた――火は嘘をつかない。私は肉を並べる。ジュッ、と音が立ち、脂が弾けた。これだけでも十分にいい匂いだ。質の良い脂の匂いは、一気に食欲をそそる。


 だが、これでは終わらせない。甘い酒を少し。蜂蜜。香草。予備をインベントリに入れておいて良かった。タレを鍋で煮詰めると、香りが濃くなる。これを肉に絡めれば――間違いなくノックダウンするはずだ。これで勝ちだ。


 ……勝ちって何だよ。料理でドラゴンに勝つって。だが今は、勝つしかない。心の中でノリツッコミを一人でしながら、私は手を止めずに、肉を返す。タレを絡め、照りを出す。焼けた香りが、黒い空間に広がった。

 

『……』

 

 背後で、ドラゴンが無言になった。さっきまで笑っていたのに。空気が変わる。私はちらりと視線を向けた。漆黒のドラゴンは、鼻先を少しだけ下げ、熱心に香りを吸い込んでいる。……効いてる。二回目も効いてる。私は皿――いや、置いてあった石の器を水魔法で洗ってから盛り付けた。前より量を増やす。“人間の十人前”では足りない。なら、二十人前……いや、三十人前だ。できるだけ出す。

 

「お待たせしました」

 

 私は器を差し出した。

 

『ふむ』

 

 ドラゴンは器を覗き込み――今度は、最初から大きく口を開けた。一口で半分が消えた。うそだろ……。だが、ドラゴンの口から文句は聞こえない。ただ、咀嚼している。そして。

 

『……うまい』

 

 その一言が、黒岩に落ちた。私は息を止めていたことに気づき、そっと吐き出した。心臓が、やっと動き出したかのようだった。

 

『良いだろう。話を聞こう』

 

 闇のドラゴンはそう言って、器をもう一口で平らげた。そして、次に木樽へ視線を移す。

 

『……酒』

 

「はい。エールです」

 

 ドラゴンは樽を見下ろし、ふっと笑った。

 

『エールはもう無いのではなかったか?』

 

 また来た!? さっき言ったよね!? 私は笑顔のまま、即答した。

 

「樽で三つ、あります」

 

『グワッハッハッハッハ!!』

 

 闇のドラゴンは、腹の底から笑った。

 

『よい! よいぞ! その調子だ、人間!』

 

 その調子って何!? 私、何の試験を受けてるの!? だが、今はいい。笑ってくれているなら、空気は悪くない。

 

 ドラゴンは樽に爪を引っ掛け、器用に栓を抜いた。香りが立つ。麦の匂い。酵母の匂い。そして、豪快に飲み干した。

 

『……ぷはぁ』

 

 ドラゴンが、満足そうに息を吐く。その吐息が、黒岩の空間を震わせた。

 

『よかろう』

 

 黄金の瞳が、私を捉える。

 

『小さき人間よ。心のこもった『贈り物』に免じて、お前の話を聞こう』

 

 私は背筋を伸ばした。ここからが本番だ。……よし。ようやく交渉の席に着けた。私は一つ、深呼吸をしてから口を開いた。

 

「ありがとうございます。では――」

 

 闇のドラゴンは、口角を吊り上げる。

 

『先に言っておく』

 

 低い声が落ちる。

 

『つまらぬ話なら――食って終わりだ』

 

「……努力します」

 

 私は笑顔のまま、ギュッと痛む胃の奥……心の中で泣いた。

 

 ――こうして私は、命を賭けた交渉を始めることになったのだった。

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