表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/67

第三話-3(改)

「……おはぎ?」


「うん、おはぎ。お地蔵様にお供えしたお下がりがあるの。……いつもは散歩の途中で食べちゃうんだけど、今日はまだだったから」


ああ、だからお腹が鳴っていたのか。


普段は、このお下がりがお朝ごはん代わりなんだろう。

今日は俺と一緒に歩いていて、食べそびれた――ただそれだけのことなのに、なんだか微笑ましくて、自然と笑みがこぼれた。


「そうだね、食べようか。……って、俺もご相伴にあずかっていいの?」


「うん。一緒に食べようよ。昔みたいにさ」


「昔って……そうだね。瑠璃のおばあさんのおはぎ、好きだったな」


「美味しかったよね。……懐かしい」


ふたりで顔を見合わせて微笑み、山道の脇に腰を下ろす。


刈られた下草がショートパンツ越しに腿をくすぐって、少しむず痒い。

けれど、それ以上に懐かしさが胸に広がった。


目の前には、段下から伸びてきた蜜柑の木の梢。

その先には、山裾から海まで続く町並みが見える。


朝日に照らされた海は青く、波が光を弾いてきらきらと揺れていた。


怪我をしてから、ずっと足を向けられなかった蜜柑山。


左手と血の記憶が残る場所。


けれど今、隣には瑠璃がいる。


またこうして一緒にこの景色を見られる日が来るなんて、昨日までは思いもしなかった。


瑠璃は帆布のバッグから、おはぎと割りばし、お茶を取り出していた。


「あ、割りばし一膳しかないや……」


申し訳なさそうに呟く。


「じゃあ瑠璃が使いなよ。俺は手で――」


「駄目っ! 女の子がはしたないわよっ!」


即座に怒られた。


「じゃあ、代わりばんこで食べようか?」


「うーん……それでもいいけど、私が食べさせてあげようか? あーんって」


さっきまで泣いていたのが嘘みたいに、瑠璃は優しく笑う。


「あーんって……」


「いいじゃない。女の子同士なんだから、それくらい普通よ?」


「……するの?」


「するわよ?」


……そういうものなのか。


なら、お言葉に甘えよう。


「ねえ、真はつぶあんときなこ、どっちがいい?」


「え? ……瑠璃が好きな方食べなよ。俺は残りでいいから」


「私はどっちも好きだけど?」


……食いしん坊は健在らしい。


思わず苦笑すると、瑠璃はぱっと顔を明るくした。


「じゃあ、半分こしよう?」


「そうだね。半分こなら、両方食べられる」


嬉しそうに頷きながら、おはぎを半分に割る。


ひと口大にしたそれを、まず瑠璃がぱくりと頬張り、もぐもぐと幸せそうに食べる。


そして次は、俺の口元へ。


「はい、あーん」


甘いあんこと、香ばしいきなこ。


懐かしさごと、胸の奥に染み込んでいく。


こんな時間が、ずっと続けばいいのに。


そんなことを思ってしまう。


ふたりで食べれば、おはぎ二つなんてあっという間だった。


その時、ふと瑠璃の唇の端に小豆がついているのに気づく。


昔から、こういうところは変わらないな。


そう思いながら、そっと手を伸ばし、親指で拭ってやる。


「わひゃっ!!」


瑠璃がびくっと肩を震わせて、俺を見上げた。


「ほっぺ……じゃなくて、唇の端に小豆ついてたよ」


そう言って、親指についた小豆をそのまま口に入れる。


「あ、あ、あああぁぁ……!」


みるみるうちに瑠璃の顔が真っ赤になる。


「……どうしたの?」


「さっきの小豆……」


「うん? 瑠璃の唇についてたけど?」


「唇って……唇って……それ、食べちゃったの?」


「……うん?」


……あ。


「あ、ご、ごめんっ! そんなつもりじゃ――」


「馬鹿っ! えっちっ! デリカシーなさ過ぎっ!!」


うわ、やってしまった。


あーんだって十分そういうものだろ、と言いかけて、慌てて飲み込む。


それを言ったら、たぶんもっと大変なことになる。


「ごめんっ! ごめんってばっ!!」


「真の馬鹿ーっ!!」


蜜柑山に、瑠璃の真っ赤な叫び声が響き渡った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ