第三話-3(改)
「……おはぎ?」
「うん、おはぎ。お地蔵様にお供えしたお下がりがあるの。……いつもは散歩の途中で食べちゃうんだけど、今日はまだだったから」
ああ、だからお腹が鳴っていたのか。
普段は、このお下がりがお朝ごはん代わりなんだろう。
今日は俺と一緒に歩いていて、食べそびれた――ただそれだけのことなのに、なんだか微笑ましくて、自然と笑みがこぼれた。
「そうだね、食べようか。……って、俺もご相伴にあずかっていいの?」
「うん。一緒に食べようよ。昔みたいにさ」
「昔って……そうだね。瑠璃のおばあさんのおはぎ、好きだったな」
「美味しかったよね。……懐かしい」
ふたりで顔を見合わせて微笑み、山道の脇に腰を下ろす。
刈られた下草がショートパンツ越しに腿をくすぐって、少しむず痒い。
けれど、それ以上に懐かしさが胸に広がった。
目の前には、段下から伸びてきた蜜柑の木の梢。
その先には、山裾から海まで続く町並みが見える。
朝日に照らされた海は青く、波が光を弾いてきらきらと揺れていた。
怪我をしてから、ずっと足を向けられなかった蜜柑山。
左手と血の記憶が残る場所。
けれど今、隣には瑠璃がいる。
またこうして一緒にこの景色を見られる日が来るなんて、昨日までは思いもしなかった。
瑠璃は帆布のバッグから、おはぎと割りばし、お茶を取り出していた。
「あ、割りばし一膳しかないや……」
申し訳なさそうに呟く。
「じゃあ瑠璃が使いなよ。俺は手で――」
「駄目っ! 女の子がはしたないわよっ!」
即座に怒られた。
「じゃあ、代わりばんこで食べようか?」
「うーん……それでもいいけど、私が食べさせてあげようか? あーんって」
さっきまで泣いていたのが嘘みたいに、瑠璃は優しく笑う。
「あーんって……」
「いいじゃない。女の子同士なんだから、それくらい普通よ?」
「……するの?」
「するわよ?」
……そういうものなのか。
なら、お言葉に甘えよう。
「ねえ、真はつぶあんときなこ、どっちがいい?」
「え? ……瑠璃が好きな方食べなよ。俺は残りでいいから」
「私はどっちも好きだけど?」
……食いしん坊は健在らしい。
思わず苦笑すると、瑠璃はぱっと顔を明るくした。
「じゃあ、半分こしよう?」
「そうだね。半分こなら、両方食べられる」
嬉しそうに頷きながら、おはぎを半分に割る。
ひと口大にしたそれを、まず瑠璃がぱくりと頬張り、もぐもぐと幸せそうに食べる。
そして次は、俺の口元へ。
「はい、あーん」
甘いあんこと、香ばしいきなこ。
懐かしさごと、胸の奥に染み込んでいく。
こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
そんなことを思ってしまう。
ふたりで食べれば、おはぎ二つなんてあっという間だった。
その時、ふと瑠璃の唇の端に小豆がついているのに気づく。
昔から、こういうところは変わらないな。
そう思いながら、そっと手を伸ばし、親指で拭ってやる。
「わひゃっ!!」
瑠璃がびくっと肩を震わせて、俺を見上げた。
「ほっぺ……じゃなくて、唇の端に小豆ついてたよ」
そう言って、親指についた小豆をそのまま口に入れる。
「あ、あ、あああぁぁ……!」
みるみるうちに瑠璃の顔が真っ赤になる。
「……どうしたの?」
「さっきの小豆……」
「うん? 瑠璃の唇についてたけど?」
「唇って……唇って……それ、食べちゃったの?」
「……うん?」
……あ。
「あ、ご、ごめんっ! そんなつもりじゃ――」
「馬鹿っ! えっちっ! デリカシーなさ過ぎっ!!」
うわ、やってしまった。
あーんだって十分そういうものだろ、と言いかけて、慌てて飲み込む。
それを言ったら、たぶんもっと大変なことになる。
「ごめんっ! ごめんってばっ!!」
「真の馬鹿ーっ!!」
蜜柑山に、瑠璃の真っ赤な叫び声が響き渡った。




