第十二話-6
大きな騒ぎになりそうな予感がするけれど、どうやってふたり・・・と言うか、瑠璃を止めるか、良い考えが浮かばない。
ただ時間だけが早く過ぎていく。
目の前の状況だけが、どんどんと拡大していく。
どこかで感情が爆発したら・・・。
「ねえ。それってさ、瑠璃が真ちゃんに、『お弁当作って』って言えば良いんじゃないの?」
思わぬ方向から、声が飛んで来る。
柚葉ちゃん・・・?は、席でお弁当箱を持ったまま固まってる。
碧さんも意外そうな顔をしながら、その声の主に視線を送る。
瑠璃も、祐也も、俺も・・・。
いや、この近くに居た人が彼女に視線を注ぐ。
「綾香さん?」
少々呆れ顔で立っている綾香さん。
腰に手を当てながら、大きく息を吐く。
それは『面倒』というよりも、『こういう場が嫌』とでも言いたげだ。
瑠璃も祐也も、いや、俺も含めてグループの皆が言葉を失っていた。
ただ、彼女の顔を見、次の言葉を待っている・・・そんな空気が漂っている。
ちらりと俺の方に視線を飛ばした後、瑠璃の方に向かって少しだけ近寄る。
歩を進めながら、少し冷ややかな目で瑠璃を見据えた。
綺麗な指を伸ばし、瑠璃の胸元を突くラメの入ったネイル。
「な・・・なによ」
「・・・うちの店にも来るのよ。あんたみたいに、自分の希望や望みを言わない癖に『察してくれない』みたいな愚痴を言ってる奴。自分の考えや思ってる事、相手に伝えないのに判ってくれなんて、都合よすぎると思わない?」
「・・・私は・・・そんな事・・・」
「思う?思わない?どっち!?」
普段ならあまり強めな事を言わない綾香さんだけど、今日はちょっと違う。
流石の瑠璃も、綾香さんの言葉には思うところがあるのか、歯切れが悪くなる。
そして、
「・・・思う・・・」
そう小さく呟くように答える。
祐也に対する怒りが消えた訳ではないのだろうけれど、今回の事は『理不尽な態度』だという反省はあるのかな。
項垂れて唇を噛む。
拳を握ってはいるけれど、それはもう怒りからではないのだろう。
自制出来なかった自身への憤りか、素直に言葉に出来ない苛立ちか。それとも、他の何かの感情か。
俺には判らない。
それは、綾香さんの言った『察する』事が出来ないから・・・もあるだろうけれど、そもそもどれだけ心の距離が近くたって、完全に心の中まで知る事なんて出来ないんだ。
言葉にしても伝わらない事なんて、それこそ星の数程もあるだろう。
・・・
でも、瑠璃が『察して』欲しかった事は、きっと俺の事なんだろう。
俺の行動なのか、言動なのか・・・。
いや、もっと瑠璃と話す事を増やす必要があるんだろうな。
それは、ただ話すだけじゃない。
触れたくない事も、話す必要があるんだ。
それが、俺たちには必要なんだ。
小さく安堵の息を吐く祐也。
でも、その態度に綾香さんは目を向ける。
「如月くんも、ちゃんと相手見なよ!幼馴染だからって、昔のままの距離感が許される訳ないでしょ?子供じゃないんだよ。今は『男と女』でしょう?昔から関係なんて、簡単に吹き飛ぶんだよ。『これくらいは大丈夫だったのに』なんて、甘えた考えだから話が拗れるんだよっ!・・・勉強して本読んで、頭が良いだけなんて奴が、話しを面倒くさくするんだよっ」
ひと息に言葉をぶつけると、肩を大きく動かして息を吐く。
やや不機嫌な目を瑠璃に向けひと言。
「・・・で、あんたはどうしたいの?」
叱られた訳では無いだろうに、身体を小さく揺らす。
俯いたまま言葉を選んでいるのか、唇が小さく震えている。
怖い訳では無いだろうけれど、それでも勇気は必要なのか。
決意の籠った目で俺を見て、はっきりと自分の言葉を口にする。
「私・・・真の作ったお弁当が食べたい。・・・食べたいの・・・。だから・・・」
最後は声も小さくなりがちだったけど、それも瑠璃の可愛らしさだと思えば、何という事もない。
俺の作った卵焼きを気に入ってくれたのなら、それ以上に嬉しい事は無いんだから。
だから、瑠璃の気持ちには答えてあげたい。いや、答えるんだ。
瑠璃が勇気を出して、皆の前で伝えてくれたんだ。
俺もその気持ちには答えよう。
「任せてよっ!瑠璃の為にお弁当くらい作って・・・え?お弁当??」
あれ?お弁当?
卵焼きじゃなくて、単品料理じゃなくて、お弁当なの?
お弁当・・・。
お弁当かあ・・・。
俺の心の中に、後悔の風が吹き抜ける。
横目でちらりと祐也を見るが、あからさまに目を逸らしている。
綾香さんはと言えば、少々呆れ気味な視線が痛い。
碧さんは、溜息を吐きながら小さく首を振る。
柚葉ちゃんは・・・固まったまま動かない。
そして、何よりも瑠璃の期待に満ちた目が、俺の胸に突き刺さる。
今更、出来ないとは言えない。
無理だなんて、とてもじゃないけど言える訳がない。
・・・となれば、やるしかない・・・よな。
「・・・うん、瑠璃の為にお弁当作るよ。・・・でもさ・・・」
「・・・でも?」
瑠璃の瞳が不安に揺れる。
振り絞った勇気に見合うだけの答えが求められているのが、痛いほどに判る。
判るからこそ、言わなければ・・・。
「・・・学校で食べるお弁当じゃなくて、どこか出掛けて食べない?その・・・休みの日とかに・・・でも」
少しでも練習する時間を確保して、瑠璃に美味しく食べて貰うには、多分これが最善だと思うんだけど・・・。
ただ、その言葉を聞いた瑠璃は真っ赤になっている。
真っ赤になって口をぱくぱくとさせているが、金魚じゃあるまいし・・・。
なんでお弁当くらいで・・・。
「真・・・あの、それって・・・」
「・・・?」
「その、お休みの日にお出掛けして、一緒にお弁当食べるって・・・デートって事・・・だよね?」
「・・・」
えっ?
瞬間、思考が止まる。
デート?
デートって付き合ってる同士で出掛けて楽しむ、あれ?
・・・いや、俺と瑠璃の関係って、そういうのでは・・・。
あ、でも俺は瑠璃の事が小さい頃から好きと言うか一緒に居て楽しいし、瑠璃も一緒に居てくれてるし。
一緒に居てくれてて、『デート』って言ってくれるって事は、俺の事を憎からず思ってくれてるんだろうな。
でも、今は女の子同士なんだし、デートって言う程・・・。
・・・多様性だのジェンダーフリーだのって言葉もあるくらいだし、デートくらいは・・・。
いや、一旦落ち着こう。
瑠璃はデートで良いと思ってるんだろうな。
顔真っ赤だし、焦ってるみたいだし。
俺は・・・瑠璃とデートしたいかと聞かれれば・・・したい、な。
うん、デートしたいし、瑠璃と一緒に居たい。
それは、俺の嘘偽らざる気持ちだ。
『瑠璃には自分の人生を生きて貰いたい』って思ってたじゃないか。
瑠璃が、俺と一緒に居たいって思ってくれるなら、俺の願いだって叶うじゃないか。
え?でも、どう答えよう。
『そうだよ』って恥ずかしがらずに答えられる?
うわー・・・自信ない。
でも『違う』とは答えられないな・・・。だって、それは間違いなく『嘘』なんだから。
でも・・・。
目の前にある、瑠璃の不安そうな顔が俺の心を決めさせる。
『瑠璃の笑顔が、俺は一番大事』
『瑠璃と一緒に居たい』
だから・・・。
「そうだよ。デートしよう?」
笑顔で、そう答える。




