第九話-9
如月くんは、その場を見ていた・・・はず。
気付かぬ風でその場面を後にしたけど、すぐにレジに来てくれた。
『そんなに急がなくても』と思えるくらいに、あたしの前に現れてくれた。
それだけの事なのに、『あたしは今必要とされてる』って実感が、そこにはあった。
もう十分なのに、あたしはその『先』も求めてしまった。
『待っていて欲しい』
それを何故求めようとしたのかは判らないけれど、あたしは如月くんと一緒に居たかった。
・・・彼は友達?
友達である『瑠璃』の友達である『真』ちゃんの友達で、ふたりの幼馴染。
学校では別のクラスで、そんなに話した事もない。
時々うちのクラスに来るけれど、瑠璃が威嚇するものだからすぐに帰ってしまう。
顔を知っている程度の接点しかないのに、何故だか今は彼の時間が欲しかった。
だから、彼をコンビニの外に見た時、心の中に温かさが広がった。
そして彼の差し出してくれたカフェ・オ・レを手にした時、その温かさに涙が出る思いだった・・・。
「バイトお疲れさま」
その言葉。
ただの労いの言葉。
少しの時間、あたしを見てくれただけなのに、それでも掛けてくれた言葉。
『あたし』だけに届けられた言葉。
何でもない『あたし』を見てくれている、と判る。
接点も多くなく、関係性も薄い。
今日だって、偶然にしか過ぎない。
でも、だからこそ判る。
如月くんは『あたし』に声を掛けてくれたって。
『友達』でも『幼馴染』でも、『お姉ちゃん』でも『いい子』でも『コンビニ店員』でもない、ただの『あたし』に。
もしかしたら・・・。
何者でもない、ただの『あたし』に声を掛けてくれたのは、彼が初めてだったのかもしれない。
もし『爽春の暖かさ』を身体ではなく、心で感じるのであれば、この気持ちがそうなのかもしれない。
この両の手と頬に宿る温かさは、誰からも感じた事のない柔らかさがあった。
あたしは、如月くんに感謝を伝えられていない。
ただ微笑み、彼から手渡されたペットボトルを抱いている。
ただひと言、『ありがとうっ』と伝えたいのに、その言葉が胸に閊えて出て来てくれない。
もしかしたら、『それだけでは足りない』のかもしれない。
そんな逡巡がどれ程の間続いたのか。
一瞬?それとも1分くらい?
それよりも短く、それよりも長い?
あたしが意識が引き延ばされている間に、彼は僅かに微笑みながら腰を浮かせる。
そして手を伸ばし、鞄の中から何かを取り出した。
それは・・・。
柔らかそうなタオル。
きっと自分で使うためのものだろうに、それをわざわざ車止めに掛ける。
ふわりと舞うタオル。軽やかな翻りは、まるで風に棚引くスカートのよう。
そして、軽く手を流すようにタオルに向けてひと言。
「どうぞ。これでスカートが汚れる心配はないよ」
そう言いつつ、自らは少しだけ間を空ける様に車止めに腰を下ろす。
少しだけの距離だけど、きっと彼はあたしを安心させたいんだろうな。
あたしは「ありがとうっ」と答えつつ、タオルに腰を預けようとした。
でも、彼との距離は遠い。
遠く遠く離れてしまう訳ではないけれど、それでも『安心の為』の距離が、彼の暖かさに触れられない距離に思えてしまう。
このタオルも、そして『距離』だってあたしの為に気を使ってくれてる証なのに、その距離が少しだけ寒い。
あたしがゆっくりとタオルに腰を預ける間に、彼はレジ袋からクッキーの袋を取り出す。
そしてそのアルミの袋を『すっ』っと開けると、中のケースをその手に載せる。
軽い笑顔と共に差し出されるクッキー。
あたしも好きで、時々は買って帰るクッキー。
如月くんも、このクッキー好きなのかな・・・。
「・・・小腹が空いたから買ったんだけど、流石にちょっと多くてさ・・・。申し訳ないんだけど、少し食べて貰って良い?」
・・・
少し目線を逸らし、笑顔も苦笑いに替わっている。
あたしにだって判るよ、そんな嘘。
あたしの弟なんて、こんなクッキー5枚じゃ絶対足りないもの。晩御飯前だって、気にせずに大きなチョコクッキーでも食べちゃうのに。
それなのに、高校生男子がクッキー5枚程度が多いなんて・・・聞いた事ないよ。
・・・でも、そっか。
あたしは気付かぬフリをして、クッキーに手を伸ばす。




