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象牙の塔から新任の教師がやってくるという知らせは、その数日後に届いた。夏の長期休暇を前に何故、と、憶測が飛び交ったが、当人を前にして、多くの者達は沈黙した。
現れた新任教師、ルイーゼの容貌に、まず男子生徒達が無言になった。
続いて、女子生徒達も。
体の線をはっきりと浮かび上がらせる黒いドレスに、豊かな黒い髪がうねるようにまとわりつく。ドレスからのぞく肌は白く、豊かな乳房と細い腰は、扇情的で、女の目から見ても鼓動が早くなるようだ。
ルイーゼは、野薔薇寮の一室を使う事になった。学院には女性の教師もいるが、皆、王都に家があり、学院へは通いだった。本来の籍は象牙の塔に残してはいるものの、長期間の招聘になる為、学院側で用意ができたのが、寮の一室だったのだ。
幸い、レオンハルト王太子の婚約にともない、学院を去った生徒の部屋が開いており、二人部屋をルイーゼ一人で使う事になったらしい。
正式な挨拶は休暇明けという事なのだが、休暇前に手続きの為、ルイーゼは現れたというわけだった。
「ルイーゼ!」
メルセデスが、久しぶりに会った元姉貴分に親しげに駆け寄ると、ルイーゼの方も同様に答えた。
「メルセデス、おちびさん! 本当にあなたなの? すっかり背が伸びて、見違えたわ!」
長身のメルセデスは、既にルイーゼの背丈を超していた。
美女というよりは、美青年然としたメルセデスと、肉感的で妖艶な美女であるルイーゼが抱き合うと、なんとも倒錯的に第三者には見えるのだが、当人達はそんな事はおかまいなしに抱擁をかわした。
「立ち話もなんですし、私達の部屋へいらっしゃいませんか?」
周囲の視線が気になってしまったマルガの提案で、一旦ルイーゼはマルガ達の部屋へ来た。迫力ある美人が一人いるだけで、部屋の中の雰囲気ががらりと変わるな、と、マルガは思いながら、長旅で疲れているだろうとルイーゼに緑茶を入れた。
「あら、緑茶ね、めずらしい、王都にもあるのね」
ルイーゼは緑茶を知っている様子で、マルガにひと言礼を言ってからひとくちすすり、美味しい、と、顔をほころばせた。
そのように微笑むルイーゼは本当に美しく、なにゆえ『魔女』などという異名をもつのか、信じがたいものがあった。
「手紙、読んだわ」
唐突にルイーゼが切り出した。
マルガが、どういう事だろうと戸惑っていると、メルセデスが補うように言った。
「……私が、送ったの」
「メルセデスは、学院に残る事を望んでいるのね」
ルイーゼが尋ねると、メルセデスはルイーゼを真っ直ぐ見、無言でうなずいた。
「アルベルトは何と?」
「きちんと向きあえてはいない、なんか、怖いんだ、私の知ってるアルベルトじゃないみたいで」
ルイーゼと話すメルセデスは、いつもより少し幼く、マルガには見えた。マルガには姉がいるが、自分も姉と接する時は今のメルセデスのようなのだろうか、と、ふと、郷里の姉の事を思った。
「一度、彼の本心を確かめる必要があるのではないかしら」
そう言うルイーゼを、メルセデスは頼もしそうに見つめているのだけれど、何故か、マルガには、その瞳にひどく冷たいものが含まれているような気がして、わずかではあるが、肌が粟立つような気持ちがした。
「私に、ひとつ考えがあるのだけれど、協力してもらえるかしら」
そう言って、薄く笑うルイーゼの微笑みは、ぞっとするほど美しいものに、マルガには思えた。