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嘆きの魔女は愛する男に銃口を向ける  作者: 皇海宮乃
第三章 新しい先生
9/26

3-3

 象牙の塔から新任の教師がやってくるという知らせは、その数日後に届いた。夏の長期休暇を前に何故、と、憶測が飛び交ったが、当人を前にして、多くの者達は沈黙した。


 現れた新任教師、ルイーゼの容貌に、まず男子生徒達が無言になった。


 続いて、女子生徒達も。


 体の線をはっきりと浮かび上がらせる黒いドレスに、豊かな黒い髪がうねるようにまとわりつく。ドレスからのぞく肌は白く、豊かな乳房と細い腰は、扇情的で、女の目から見ても鼓動が早くなるようだ。


 ルイーゼは、野薔薇寮の一室を使う事になった。学院には女性の教師もいるが、皆、王都に家があり、学院へは通いだった。本来の籍は象牙の塔に残してはいるものの、長期間の招聘になる為、学院側で用意ができたのが、寮の一室だったのだ。


 幸い、レオンハルト王太子の婚約にともない、学院を去った生徒の部屋が開いており、二人部屋をルイーゼ一人で使う事になったらしい。


 正式な挨拶は休暇明けという事なのだが、休暇前に手続きの為、ルイーゼは現れたというわけだった。


「ルイーゼ!」


 メルセデスが、久しぶりに会った元姉貴分に親しげに駆け寄ると、ルイーゼの方も同様に答えた。


「メルセデス、おちびさん! 本当にあなたなの? すっかり背が伸びて、見違えたわ!」


 長身のメルセデスは、既にルイーゼの背丈を超していた。


 美女というよりは、美青年然としたメルセデスと、肉感的で妖艶な美女であるルイーゼが抱き合うと、なんとも倒錯的に第三者には見えるのだが、当人達はそんな事はおかまいなしに抱擁をかわした。


「立ち話もなんですし、私達の部屋へいらっしゃいませんか?」


 周囲の視線が気になってしまったマルガの提案で、一旦ルイーゼはマルガ達の部屋へ来た。迫力ある美人が一人いるだけで、部屋の中の雰囲気ががらりと変わるな、と、マルガは思いながら、長旅で疲れているだろうとルイーゼに緑茶を入れた。


「あら、緑茶ね、めずらしい、王都にもあるのね」


 ルイーゼは緑茶を知っている様子で、マルガにひと言礼を言ってからひとくちすすり、美味しい、と、顔をほころばせた。


 そのように微笑むルイーゼは本当に美しく、なにゆえ『魔女』などという異名をもつのか、信じがたいものがあった。


「手紙、読んだわ」


 唐突にルイーゼが切り出した。


 マルガが、どういう事だろうと戸惑っていると、メルセデスが補うように言った。


「……私が、送ったの」


「メルセデスは、学院に残る事を望んでいるのね」


 ルイーゼが尋ねると、メルセデスはルイーゼを真っ直ぐ見、無言でうなずいた。


「アルベルトは何と?」


「きちんと向きあえてはいない、なんか、怖いんだ、私の知ってるアルベルトじゃないみたいで」


 ルイーゼと話すメルセデスは、いつもより少し幼く、マルガには見えた。マルガには姉がいるが、自分も姉と接する時は今のメルセデスのようなのだろうか、と、ふと、郷里の姉の事を思った。


「一度、彼の本心を確かめる必要があるのではないかしら」


 そう言うルイーゼを、メルセデスは頼もしそうに見つめているのだけれど、何故か、マルガには、その瞳にひどく冷たいものが含まれているような気がして、わずかではあるが、肌が粟立つような気持ちがした。


「私に、ひとつ考えがあるのだけれど、協力してもらえるかしら」


 そう言って、薄く笑うルイーゼの微笑みは、ぞっとするほど美しいものに、マルガには思えた。

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