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嘆きの魔女は愛する男に銃口を向ける  作者: 皇海宮乃
第三章 新しい先生
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3-2

 実験講師であり、算術教授でもあるアルベルトは、実験室の隣に専用の研究室を持っている。授業の準備だけでなく、自身の研究、論文作成も行う為の場所であり、学院の講師の中では比較的恵まれた待遇といえた。


 アルベルトが、請われて王立学院の教師になったのは、自身が王立学院を卒業した事もあるが、象牙の塔に閉じこもって研究三昧の日々を送る事にそれほどの価値をみていなかったという事もある。


 象牙の塔は、その成立から、利益の為というよりは、自己研鑽を嗜好する者が多い。昨今、技術を提供し、わずかばかりの利益を得て、塔の運営費にあてるようになってはいるが、そこから生み出される莫大な利益の恩恵に浴する事はまずない。


 学究の徒は、利益や金銭とは距離を置くべきだという考えを持つものが多く、富の為に日々を過ごす事を卑しいと思う者すらもいる。


 アルベルトが王立学院を目指したのはその点が大きかった。


 文学や詩作といった、無から有を頭の中で作り出すような学問ならばいざしらず、大がかりな実験をともなう研究にはどうしても予算が必要になる。技術研究を行うには、象牙の塔ではあらゆる物が不足していた。


 自分の進んできた道に迷いは無く、後悔はしていないが、ただ一つだけ心残りがあった。


 長い髪に白い肌の美しい娘、ルイーゼ。


 アルベルトの話す言葉を理解し、共に励んできた唯一の存在。


 アルベルトは、ルイーゼが男であったならと何度も考えた。


 共に王立学院へ進み、研鑽する事ができたのであれば、アルベルトの業績はさらに高みへと昇って行けたに違い無い。


 しかし、ルイーゼは女だった。

 それも、美しい女だった。


 いつ頃からか、ルイーゼから向けられる視線に熱がこもり始めた。


 その視線の正体に、アルベルトは、始め気づかないふりをした。


 いずれ分かれる二人の道。


 アルベルトが王立学院へ進む以上、どうあっても道は分かれてしまう。

 それであれば、最初からルイーゼと出会わなかったと思う他無い。


 一瞬、わずかではあったが、象牙の塔へ進む道はと考えた事もあった。


 象牙の塔であれば、男女の別は無い。


 ルイーゼと共に、研究の道を歩む事。


 それは、恋や愛、男女の愛をおも超えた、至高の関係性であるかのようにも思えた。

 しかし、アルベルトは『愛』という概念を忌むものとしていた。

 理性を阻害し、感情的な動きをする事で、巻き起こる不幸を『知って』いたからだ。


 若輩のアルベルトには、限られた予算、限られた設備では成果を出せたとしても、長い時間がかかるだろう。


 できる限り早く、結果を出す為に。

 ルイーゼへの感情が『愛』に変わる前に。


 アルベルトは、ルイーゼと離れた。


 自分のものにならないのならば、最初から存在していなかったと思うより他は無い。


 ルイーゼが、他の男の隣に立つ姿を見たくはなかった。


 相手がルイーゼで無いのであれば、結婚をするもしないも関係無い。


 それが、自分の目指す場所へ到達する為の最短の手段であるならば、どんな事すら耐える覚悟がアルベルトにはあった。


 メルセデス、幼い頃からルイーゼと姉妹のように共にあった娘。


 優秀で、王立学院入学の権利を得た娘。


 学び舎で、友と出会い、学問だけでなく、充実した日々を楽しげに送っている娘。


 アルベルトにとっても、大切な教え子であり、妹のような存在ではあるが、もし、あの頃に、ルイーゼが共にありたいと望んだあの時に、入学がかなっていたならば、と、どうしても考えてしまう。


 メルセデスの手にあるものを、ルイーゼ自身が手に入れていたのでは無いかと考えると、メルセデスから全てをとりあげたいという昏い欲望が自分の中にある事に、アルベルトは気づくのだ。


 メルセデス自身には、何の落ち度も無いというのに。


 自嘲気味にアルベルトはひとりごちる。


「本当に、ごめんよ、メルセデス」


 メルセデスを妻とする事で得られる、やり手の商人である、彼女の父からの援助。元々、それを望んだのはメルセデスの父、ハーゲンだった。


「女が知恵をつけても仕方ない、王太子妃にでもなってくれれば御の字と、王立学園への進学を許したが、もう、その可能性が無いのならば、別の使いみちを探す」


 ハーゲンは、そう言い切った。


 元々、育つ見込みのない末の娘だった。湖沼地帯の老父母の世話でもできればそれでよし、と、思ったふしがハーゲンにはある。


 彼にとって、実の子ですら、自分の持ち物、所有物に過ぎない。


 長らくほったらかしにしておいて、老父母の死に際し、やむなく王都の本家に引き取り、好きにさせていたならば、一人勝手に勉強などして、親に恥をかかせて。


 忌々しく言い放つハーゲンは、親としても、男としても下の下だ。


 このままでは遠からず、メルセデスは父の手駒として、いずこかの後添いにでもされかねない。


 傍若無人な父親から救ってやるというのは、アルベルトの方便で、アルベルト自身も、メルセデス個人の人格を否定しているのだが、本人はそれに気づかない。


 アルベルトは、メルセデスを娶る事で、ハーゲンの援助を。

 ハーゲンは、アルベルトの技術を得る事で、『ある利権』を。


 男二人の利害は一致している。


 娘の意志が無視されているが、アルベルトは、メルセデスを理不尽な結婚から救ってやるとすら思っている。


 結局のところ、アルベルトにとって、女とはそのような存在だった。


 ルイーゼを除いては。

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