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極東4th  作者: 霧島まるは
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兄弟

---

「早紀…オレの子を産まないか?」


 時間が──止まった。


 止まって当然だ。


 いきなり初対面の相手から、ありえない言葉が出たのだから。


 早紀は、ただ呆然と相手を見ていた。


「ああ、お前が憑き魔女ってことは知ってる…だから、オレの子だけ産まないか?」


 彼女の呆然を、どう解釈したのか。


 甲斐は、更に畳みかけてくる。


 要するに、プロポーズではないという意味だ。


 そんな意味が分かったところで、何の助けにもならないのだが。


 この人、頭おかしい。


 早紀が、ようやく掴んだ言葉は、それだった。


 軽い目まいさえ覚える。


 微かに暗くなる視界の中、あけっぱなしになっていた自分の口を、何とかきゅっと引き結んだ。


「悪い風にはしない…子が男なら、イデルグ家の跡取りにさえ、なれるかもしれないぞ」


 自信に満ち満ちた目が、早紀の目を覗き込もうとする。


 その中を、自分でいっぱいにして、心をむしりとろうとするのだ。


 だが、早紀の脳裏は、甲斐でいっぱいにはならなかった。


 真理の目の方が、百倍怖い気がしたのだ。


 ごくり、と早紀は生唾を飲む。


 自分が、言葉に足首を掴まれていないのを、ゆっくりと確認する。


 思ったより落ち着いていた。


 だから、こう言えたのだ。


「だって…あなた…双子でしょう?」


 刹那。


 甲斐の目が変わった。


 黒い瞳が、猫のように縦長になったのだ。


 開いた唇から、牙が見えた。


「勝つのはオレだ…オレにつけ」


 手首が、砕かれるかと思うほど強く握られる。


 変貌と痛みで、早紀が石像のように硬直した直後。


「うちの憑き魔女に…何か用か?」


 声とともに──冷気が足もとを流れた。



 ※



「ああ、これはカシュメル卿…ご機嫌うるわしゅう」


 猫の目を戻しながら、甲斐は声を振り返った。


 棒読みに聞こえるのは、この男が真理を敬ってはいないせいか。


 しかし、まだ早紀の手は離さない。


 後ろ手に、確保したままだ。


「うちの憑き魔女に、何か用か、と聞いている」


 真理が、怒っているのはよく分かった。


 あー。


 早紀は、どよーんとした気分を、胃の奥に味わわされる。


 昨日の今日だ。


 また余計なトラブルを、引き連れてきたと思われるに違いない。


 今日のこれは違うと言っても、通じるとは思えなかった。


「ただの男女の話ですよ…父から聞いたでしょう?」


 太くしっかりした声で、甲斐は真理を押し返そうとする。


 父親──1stの存在を盾に。


 一体、真理はイデルグと何の話をしていたのか。


 奇妙な話の流れに、早紀は目の前の大きな身体ごしに、真理を見ようとした。


 よく見えないが、足元の冷気が脛の辺りまで上がってきたのは分かる。


「その件は、丁重に断った…その上で、何か用かと聞いている」


 声が、甲斐の盾を貫いたかに思えた。


 早紀の手を握る指が、大きく動いたのだ。


「イデルグ家を、味方につけておいたほうが得策ですよ…」


 咀嚼するように、ゆっくりと紡がれる言葉は、彼の手と連動していた。


 おそらく、相当機嫌を損ねたのだろう。


 早紀が顔を歪めなければならないほど、時折強い握力が押し寄せるのだ。


「鎧も持たぬ子供が…家を語るか」


 真理の言葉は──とてつもなく辛辣だった。


 瞬間。


 早紀の手は離された。


 その手が、大きな拳になる。


「やめとけ…馬鹿」


 拳は。


 振り出されなかった。


 ホールの入り口に、甲斐によく似た男が立っていた。



 ※



「初めまして、カシュメル卿」


 手をひらりと振って、男が入ってくる。


 甲斐によく似た男──おそらく、間違いなく双子の片割れだろう。


 ただ、甲斐ほど肉体を鍛えることには、執着していないようだ。


 髪も綺麗に撫でつけているため、やや落ち着きを感じる。


 ただし。


 真理に対する態度は、兄弟そろって大差ない。


 鎧持ちの男に、ずさんな挨拶なのだから。


 そして、真理をかわすと、自分の兄弟の方へと歩みを進める。


 兄弟ゲンカでも起きるのかと、早紀がやや身を引いて身構えると。


 男は。


 甲斐さえも、スルーしたのだ。


 そんな彼が、下がった早紀の前で足を止める。


「私は美濃…お前の名前は?」


 今日──二度目の出来事だった。


 名前を聞かれるという。


 この兄弟は、どうして早紀の名前を聞こうとするのか。


 甲斐に至っては、更にひどい言葉を続けたのだが。


「おい…どういうつもりだ」


 彼女が答える前に、美濃の身体は兄弟に遮られた。


 甲斐のたくましい腕が、彼女の前に突き出されたのだ。


「どういうつもり…? それは私の言葉だ…順序も考えられぬサルが」


 上背は同じくらい。


 早紀より遥かに高い二人が、今にも胸をぶつけあわんばかりに睨みあっている。


 え、えーっと。


 やはり、兄弟ゲンカに発展しそうな雰囲気に、早紀は周囲を見回した。


 真理は、憮然とした表情のまま、イデルグの双子を見ている。


 その目が。


 早紀の視線に、気づいた。


 軽く。


 ほんの少しだけ。


 顎が動いた。


 くいっと、微かに早紀につながる糸を引くように。


 あっ。


 どきっとした。


 いま、真理に──来い、と呼ばれた気がしたのだ。



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