途切れた過去
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初めて、タミが右の手袋を外すのを見た時、早紀は言葉を失った。
青く青く、変色した手が現れたからだ。
そして、動けなかった。
ここで動揺したり逃げたりすれば、彼女が不快に思うのではないかと、反射的に考えてしまったせいだ。
早紀の部屋。
この屋敷に来て以来、タミは頻繁に彼女の部屋に来るようになった。
友好的ではないが、力というものへの興味は、純粋なものに感じる。
あくまでも、魔族的な純粋、なのだが。
そんな彼女に。
「少しだけ、魔力をもらえるかしら?」
聞かれた時、早紀はとてもとても複雑だった。
飛びつきたい気持ちと、危険信号の両方が、頭の中でせめぎあったからだ。
自分が何なのか知りたい。
その気持ちは、毎日毎日大きくなっていく。
だが、本当に知ってしまった時──純粋な魔族でなかった場合、早紀はどうすればいいのか。
しかも。
それを、タミに知られることになるのだ。
結局、はいもいいえも答えられなかった。
いつもどおりの早紀が、炸裂してしまったのだ。
その沈黙を、どう取ったのか。
タミは、彼女の目の前で手袋を取ったのである。
青い、手。
正常な色、というよりは、変色してしまったような濁った青。
「気にしないで…いろんな力に触れていたら、こうなっただけ」
早紀より、ひとつ年下なのを知って。
鎧鍛冶の血筋であることを知って。
そして、ハイクラスなのも知った。
でも──深窓の令嬢ではなかった。
その手を見れば分かる。
「気持ち悪い?」
早紀に近づきながら、大きな目が見据えてくる。
慌てて、首を横に振っていたら。
「そう…」
青い手は、あっさりと早紀の腕に触れていたのだった。
あ。
理解した時にはもう遅く。
どうやら、魔力を持っていかれたようだ。
※
ノックの音。
早紀は、またタミだろうかと思った。
まだ、彼女が持っていった魔力の結果を、彼女は聞いていないのだ。
「はい」
そう答えると。
ドアを開けたのは──真理だった。
あー。
瞬間的に、テンションが三段階ほど下がる。
何というかもう、顔を見るのさえ憂鬱なのだ。
今度は、どんな一方的なお話なのだろうか。
愛想も無愛想も浮かべないまま、早紀は彼を見ていた。
まっすぐに、真理は彼女の方へと歩いてくる。
いつも通りの氷の表情だったが、用件も言わずに一直線だ。
ひぃっ。
どこで止まるのかと思っていたら、目の前まで来られる。
その上に、顔まで近づけてくるではないか。
な、何事!?
背中に嫌な汗をかきながら、早紀はそれでも心理から目を離せなかった。
感情の読み難い黒く冷たい目が、彼女をいつになく強く捕らえている気がしたのだ。
間近の、唇が開く。
「お前の…父親は、誰だ?」
ひそめられた声。
早紀以外の、誰にも誰にも聞こえないようにと、空気をかすめるほどの低い声だった。
「え? あ?」
ギクリとした。
真理に気づかれる要素は、なかったはずだ。
きっかけは、海族の伊瀬との出会いだったし、鎧の男はあの調子だし。
他は。
あ。
早紀は、天を仰ぎたかった。
いたではないか。
そう。
タミが。
彼女は、早紀の味方でもなんでもない。
真理に報告したって、何ひとつおかしくなかった。
※
「しっ、知らない!」
早紀は、即座に否定していた。
ギクリとした気持ちを隠したいのもあったし、第一、本当に知らないのだ。
この答えに関してだけは、嘘ではない。
真理が、タミから何と聞いたのかは分からないが、この件については、深く突っ込まれたくなかった。
否定に、間近で真理の表情が曇る。
「本当に…本当に、知らないの…見たこともないし、聞いたこともないし…」
嘘じゃない、嘘じゃない。
早紀は、必死に心の中で言い訳をした。
だから早く、興味を失って。
そして…早く離れて。
ドアップで見るには、真理の顔は余りに心臓に悪い。
綺麗だからこそ、たとえようもない迫力があるのだ。
しかし、瞳は逃げたがる早紀を強く捕まえる。
「何故?」
その声は、さっきまでとどこか違った。
早紀を追い詰める音というよりも、純粋な疑問に近いものに感じたのだ。
問いかけに引っ張られるように、彼女は真理の目を見てしまった。
「何故…父親のことを聞かなかった?」
あれ?
目を奪われたまま、早紀は質問に答えられなかった。
あれ、どうしてだろう。
確かに、早紀は小さかった。
しかし、父親と母親がいて子供がいるという図式は、何となく頭にはあったような気がする。
だから、一度くらい聞いていてもおかしくはなかった。
もしかしたら、聞いたのに覚えてないのだろうか。
頭の中をひっくり返してみるが、真理どころか自分自身さえ納得させる言葉は、見つかりそうにない。
反射的に、彼女は真理の身体の影から、枕元を見ようとした。
そこには、母親──の写真。
自分によく似た、魔女らしくない女性が笑っている。
見れば見るほど、記憶が曖昧になっていく。
おかあさんと、どんな話をしたっけ。
何て言ってたっけ。
記憶の中の笑っている彼女との記憶が、どんどん白く霞んでいく気がした。




