EP 10
エビの味と、天界の阿鼻叫喚
ジュゥゥゥゥッ……!!
小料理屋『鬼龍』の厨房で、極上の音が爆ぜた。
龍魔呂が熱した分厚い鉄板の上に、小次郎が『燕返し』で綺麗に殻だけを削ぎ落とした死蟲機の白く透き通った剥き身が並べられている。
「……ほう。火を通すと、まるでルビーのように赤く色づくのだな」
ルーベンスが、芋酒のジョッキを片手に感嘆の声を漏らす。
「ああ。天魔窟の瘴気で育った魔道機械の生体組織だが、あのポンコツ女神の『浄化魔法』で完全に毒素が抜け落ちてやがる。……味付けは、シンプルに焦がし醤油とガーリックバターだ」
龍魔呂が柳刃包丁で手際よく身を切り分け、先ほどの『ロックバイソンのギトギト炒飯』の上に、豪快にトッピングしていく。
「お待ち。死蟲の鉄板焼き乗せ・鬼龍特製炒飯だ。冷めないうちに食いな」
「「「いただきまーすッ!!」」」
リリス、リーザ、イグニスの三人が、猛然とスプーンを突き立てた。
「はふっ、はふはふっ! んんん~っ!!」
熱々の剥き身を頬張ったリーザの瞳が、パァァァッと星型に輝いた。
「ぷ、プリップリですぅ! 噛むと中から甘ぁい肉汁が溢れてきて……これ、完全に高級な『エビ』の味ですぅ♡ カニとエビのいいとこ取りみたいで、ほっぺたが落ちちゃいます!」
「本当ですぅ! ギトギトの炒飯の油と、あっさりした海鮮の旨味が奇跡のフュージョンを起こしてますぅ! おかわり! おかわり五杯目お願いしまーす!」
リリスも若葉マークをピカピカさせながら、猛烈な勢いで皿を空にしていく。
「ガハハハ! こりゃたまんねェ! 芋酒が進んでしょうがねェぜ!」
イグニスが豪快に笑い、ジョッキを空にする。
「……ふむ。確かに、これは絶品だな」
拙者も一口食べて、思わず目を細めた。
戦場に恐怖を撒き散らす死の軍団が、まさかこれほどまでに美味な酒の肴になるとは。この世界の生態系はどうなっているのだ。
「フフフ……。まさか、憎き天魔窟のバケモノをアテに酒を飲む日が来るとはな。今日は最高に痛快な休日だ!」
ルーベンスが上機嫌で笑い、拙者に向かって芋酒のジョッキを掲げた。
「小次郎。今日はお前という面白い男に出会えたことに感謝する。……またルナミス競馬場で会おう。次は私が、金貨百枚を用意してやるさ」
「うむ。軍師殿の采配、次も期待しておるぞ」
カチン、と。
魔皇国の幹部と、江戸の剣豪がジョッキをぶつけ合う。
美味い飯と、強い酒。そして極上のポポロシガー。
ポポロ村の夜は、男たちの笑い声と少女たちの咀嚼音に包まれ、平和に更けていった。
リリスが無邪気に引き出した『金貨百枚』の出所など、誰も気に留めることなく。
◇ ◇ ◇
――一方、その頃。
遥か上空、別次元に存在する神聖なる浮遊大陸『セレスティア』。
白亜の美しい神殿の奥深く。
誰も立ち入ることの許されない創造神の聖域は……酷い有様であった。
「あーっ、もう! なんで出ないのよ! 月人君のSSRライブ衣装バージョン! 天井まであと少しなのにぃぃ!」
散らかり放題の和室(ルチアナが地球の概念で創造した)。
その中央に置かれたコタツに下半身を突っ込み、桃色の芋ジャージを着た女神――創造神ルチアナが、左手に缶ビールを持ちながら、右手のスマートフォンを親指で猛烈にタップしていた。
口にはピアニッシモ・メンソールが咥えられ、完全に休日のだらしないオッサンのような姿である。
「くそっ、今月の国費(天界の予算)はもう残り少ないけど……ええい、背に腹は代えられないわ! 魔法のカード(神の口座)で課金よ!」
ルチアナが血走った目で『決済ボタン』をタップする。
しかし。
――ブーッ。
『エラー:残高が不足しています』
「…………は?」
無機質なエラー音に、ルチアナの動きがピタリと止まった。
「ざ、残高不足? ちょっと待ってよ、昨日国庫から『機密費』として金貨百枚(約百万円)をこっそり移しておいたばっかりじゃない! なんで不足するのよ!」
嫌な予感がして、ルチアナは震える指で『口座の利用履歴』を開いた。
そこには、たった数時間前に刻まれた、信じられない一文が表示されていた。
【利用者:見習い女神リリス】
【端末:えんじぇるすまーとふぉん】
【内容:地上(ポポロ村)にて、金貨百枚を現物引き出し】
「…………」
ポロッ。
ルチアナの口から、タバコが畳の上に落ちた。
「り…………リリスの、バカァァァァァァァァッ!!?」
創造神の絶叫が、神聖なるセレスティアの夜空をビリビリと震わせた。
「あの子! 赴任初日に何やってんのよ! 勝手にアタシの口座から金貨百枚も現金化して! なに!? 地上で豪遊でもしてんの!? カジノ!? パチンコ!? っていうかアタシのガチャ代がァァァッ!!」
ルチアナは頭を抱え、コタツの上でゴロゴロと転げ回って発狂した。
「あああああ! 終わった! 月人君のピックアップガチャがあと一時間で終わっちゃう! うわあああん! だれか! だれかお金貸してぇぇ!」
もはや威厳もクソもない。ただのガチャに狂った限界オタクの悲痛な叫び。
ルチアナは涙目でスマホを握りしめ、神殿の廊下に向かって叫んだ。
「ヴァルキュリアああああああああっ!! 助けてえええええええっ!! ちょっと今月の『お小遣い(国費)』を前借りさせてぇぇぇっ!!」
数秒後、廊下の向こうから「また使い込んだんですか主神ィィィッ!!」という、天界最強の天使長ヴァルキュリアのガチギレした怒声と、凄まじい足音が迫ってくることになるのだが、それはまた別の話である。
ポポロ村の地上では少女たちが満面の笑みでエビ(死蟲)を食い、天界では創造神がガチャ爆死(資金横領)で発狂する。
剣豪・佐々木小次郎の異世界放浪記。
今日もアナステシア世界は、カオスと笑いに満ち溢れ、平和に回っているのだった。




