EP 9
一刀両断と、究極の「逆ざまぁ」
ポポロ村の裏路地。
完全に心が折れ、逃げ出そうとした魔人ギアンの背後に、佐々木小次郎が音もなく立ち塞がっていた。
「ひっ……!?」
ギアンが情けない悲鳴を上げて振り返る。
月明かりの下、着流し姿の剣豪は、ネギオから貰った『特選ポポロシガー』を美味そうにくゆらせながら、静かに『備前長光』の鯉口を切っていた。
「宴の席を荒らした落とし前。……キッチリとつけてもらおうか、無粋なデリバリー業者殿」
「ふ、ふざけるなァッ! 私は天魔窟の指揮官、魔人ギアンだぞ! 貴様らのような下等な人間風情に、コケにされてたまるかァァッ!」
恐怖が極限に達し、逆に半狂乱となったギアンが、地面に放り出していた巨大な大鎌を拾い上げた。
そして、己の全魔力を込めて、小次郎を真っ二つにせんと大上段から振り下ろす!
「死ねェェェェッ!!」
風を切り裂く、死神の鎌。
だが、小次郎は焦るそぶりすら見せない。
口元の葉巻をスッと手で外し、ゆっくりと息(紫煙)を吐き出した。
(……龍魔呂殿が言っていたな。死蟲の甲殻の奥にある生体組織が、美味い肉であると)
ならば、やるべきことは一つ。
ただ斬り捨てるのではない。極上の食材の『鮮度』を保ったまま、硬い殻だけを取り除く、究極の包丁捌き(剣技)。
「――秘剣」
ギアンの鎌が小次郎の脳天に届く、その数ミリ手前。
大気が、キィィィンッと甲高い悲鳴を上げた。
「――燕返し・『殻割り(からわり)』」
シャララララララララァァァンッッ!!!
放たれたのは、三筋の銀閃ではない。
ギアンの鎌を基点とし、背後に積まれていた無力化状態の死蟲軍団の山へと抜ける、無数の神速の斬撃の嵐。
あまりの速さに、剣の軌跡が空中に幾何学的な光の網目を描き出した。
「え……?」
ギアンの動きが、空中でピタリと止まる。
そして。
カキンッ……バラバラバラッ!!
ギアンが握りしめていた巨大な大鎌が、まるで賽の目に切られた豆腐のように、無数の鉄片となって足元に崩れ落ちた。
それだけではない。
パカッ、ポロッ。
小次郎の背後――リリスの浄化魔法で麻痺していた死蟻や死蜘蛛たちの『漆黒の装甲』だけが、綺麗に真っ二つに割れ、中から白く透き通った、エビやカニのような『極上の剥き身』がドサリと零れ落ちたのだ。
肉には傷一つなく、ただ硬い殻だけを空間ごと削ぎ落とした、神業という言葉すら生ぬるい絶技。
「な……あっ……、あぁ……っ」
自分の武器を粉微塵にされ、愛する死の軍団を『完璧に下処理された海鮮の山』へと変えられたギアンは、腰から砕け落ち、地面にへたり込んだ。
「……酒の邪魔だ」
チャキッ、と。
小次郎が刀を鞘に納め、再び葉巻を口にくわえる。
「その『手土産』だけ置いて、とっとと消え失せろ。……それとも、お主も三枚おろし(刺身)にされたいか?」
鋭い眼光で見下ろす小次郎。
その言葉に込められた絶対的な強者のプレッシャーに、ギアンの精神は完全に限界を迎えた。
「ひ……ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
魔人ギアンは、ボロボロと大粒の涙をこぼし、顔をぐちゃぐちゃに歪ませながら絶叫した。
そして、四つん這いになりながら情けない声を上げて、天魔窟の方角へと狂ったように逃げ出していった。
「お、憶えていろよぉぉ! 次は絶対に、もっと不味い魔物を作ってやるからなああぁぁっ!!」
夜の闇に消えていく、負け犬の遠吠え。
もはや「恐怖を与える」という目的すら忘れ、ただ「不味いものを作る」という謎の誓いを立てて逃げ帰る指揮官の背中を、小次郎たちは呆れ顔で見送った。
「……やれやれ。騒がしい客であったな」
小次郎がポポロシガーの灰を落とす。
「いや、素晴らしい太刀筋だったぞ、小次郎!」
ルーベンスがジョッキを片手に、興奮した様子で歩み寄ってきた。
「魔力も闘気も纏わず、純粋な剣の技だけで魔人の武器と装甲を粉砕するとは! 帝国軍の魔導兵器すら児戯に思えるほどの芸術だ!」
「ああっ! 見てください小次郎さん! 虫さんたちの殻が綺麗に剥けて、中からプリップリのお肉が出てきましたよ!」
「大将! 早くこれを焼いてください! 胃袋の暴動が限界を突破しそうですぅ!」
リリスとリーザが、綺麗に剥かれた死蟲の剥き身を抱きかかえ、厨房の龍魔呂に向かってバンバンとアピールする。
「……ああ。見事な下処理だ。俺の包丁の出番すら奪っちまうとはな」
龍魔呂がニヤリと笑い、柳刃包丁を置いて、鉄板の火を最大火力へと引き上げた。
「さあ、席に戻りな。最高に新鮮な『海鮮バーベキュー(天魔窟産)』を、ギトギト炒飯に乗せて食わせてやるよ」
「「「うおおおおおおっ!!」」」
こうして、魔王軍の幹部(お忍び)と、江戸の剣豪、そしてカオスな仲間たちの休日は、突如乱入してきた『デリバリー業者』の粋な計らい(?)により、さらに豪華な宴へと突入していくのであった。




