第1話 諦めていたはずなのに
会社の先輩は、綺麗で、仕事もできて——少しだけズレている人だった。
そして、驚くほど恋愛を知らない。
俺はずっと、この人のことが好きだった。
今日も俺は、いつも通り諦めていた。
藤田さんと付き合ってる。
——そう思って、ずっと諦めていた。
なのに、今日俺は……。
「早瀬、これ違うだろう」
「……すみません」
周りの視線が、少しだけ集まる。
先輩を見ていられない。
昨日もだった。
先輩を責めないでくれ。
「……すみません」
先輩は言い返せないまま、頭を下げる。
俺はもう限界だった。
「すみません、部長。今よろしいですか?」
「早瀬さんにお話があるところ申し訳ないんですが、至急確認したいことがあって」
「本当にすみません。大切なお話中に」
「……ああ、大丈夫だ」
部長の視線が外れる。
「早瀬、行っていいぞ。次からは気をつけろ」
「……はい」
「ここの資料なんですけど、もう少し変更したほうがいいかなと思って」
「俺では判断がつかなくて。部長の指示に従ったほうがいいかと」
「ああ、それか。見せてみろ」
その後俺は色々言われた。
まあ、別にいいけど。
先輩が少しでも楽になれば。
彼氏になれるとかそんなことは思ってない。
藤田さんがいるからな。
わかってる。
でも、無理だろう。
好きなんだ。
***
昼休みになった。
少しだけ先輩の話声が聞こえてきた。
「私、あまり男のことはわからないからな……」
「確かに……あまり興味なさそうだよね」
「彼氏いるの?」
「いないよ」
「欲しいんだけどなかなかね……いい人いたらなって感じ」
そう言って笑った。
「え?」
さっき彼氏いないって言ってなかったか?
俺は思った。
藤田さんは何なんだ。
時々一緒にいるだろう。
いや。でも……
先輩は天然だ。
盲点。
——いや、待て。
それってつまり。
付き合ってない?
いや待て。確認が必要だ。
それから、よく考えろ、俺。
藤田さんは確実に狙っている。
時間はない。
確実に。
ご飯を食べた後だった。
「川上君、さっきありがとう」
「いや、別に。資料の確認だったんで」
「先輩、大丈夫でした?」
「あれはヤバいんで……俺もめげます」
少しだけ肩を竦める。
「あ、藤田さん。戻ってきたんですか?」
(いいところだったのに……)
「うん。営業、大変だった」
「お疲れ様です」
「何かあったのか?」
「別に、何もないですよ。俺が今度はやられただけです」
「またか?」
「はい」
「やるな……」
藤田さんが、先輩を見る。
「早瀬さん、今度資料頼むかも」
「はい。営業の資料ですね。頑張ります」
――そのやり取りを、俺はじっと見ていた。
「先輩」
俺は、少しだけ近くに詰めた。
「ご飯、行きませんか」
「……今日なんですけど、少し相談したいことがあって」
「金曜日ですし、先輩が空いてたら、話聞いてほしいんです」
ちらっと藤田君の方を見る。
「先輩、二人で」
「川上、俺が聞いてやろうか?」
藤田君が笑う。
(牽制か…)
「いえ、俺の教育係は先輩なんで」
「俺に内緒の話か?」
「まあ、内緒ではないですけど……」
少しだけ、間を置く。
「俺、繊細なんで」
「だから、先輩。二人で」
「今日は空いてるから、いいよ」
「やった」
すぐに笑う。
なんとかうまくいった。
いや、でも。藤田さんの前で言ったのは正解だったはず。
藤田さんに火をつけたかもしれないけど……。
でも、負けられない。
俺はずっと先輩のことが好きだ。
少しでも可能性があるなら。
でも、先輩みたいに美人で素敵な人が俺を選んでくれるなんて大それたことは思ってはいないけど。
どう考えても藤田さんの方がお似合いなのはわかってる。
藤田さんは、仕事もできて、誰から見ても“あの人に一番近い男”だった。
でも、少しだけ。
——期待してしまう。
「じゃあ、先輩。今日一緒に帰りましょう」
俺が、少しだけ距離を詰める。
「先輩。二人で」
その様子を、藤田さんが見ていた。
第1話、読んでいただきありがとうございます。
このあと、先輩の距離感が少しずつおかしくなっていきます。
※アルファポリスで少し先まで公開しています。




