十八、鳳凰島(4)
一本の青竹に乗って、三人と一匹が沖を目指して飛んでゆく。フェイユは荒海で生きる漁師だけあって、難なくバランスをとっていた。
「フェイユの名前は、誰に付けてもらったんだね?」
潮風を切って飛びながら、バイリ老人が何気なく尋ねた。
「旅の文人です。僕が産まれた頃、沖で遭難していたところをお父が助けたお礼だと聞きました」
「文人が沖で?武人ではなく?」
チャイレンの言葉には疑心が滲む。百薬の谷で隠居生活を送っていたとて、刺客や陰謀に対する警戒心は保っていたのだ。
「諸国を巡り文人たちと交流する気ままな旅人で、豪商の親戚だと言っていたそうです」
荒海で救われた時、波に揉まれて、身につけていた服さえも殆ど失っていたという。フェイユを名付けた後、旅立って行った。その後、二度とフェイユたちの住む海岸に戻ることはなかったそうだ。身元については自称である。
「その人の名前は何と仰るのですか?」
チャイレンは好奇心に駆られて訊いた。
「古石川と名乗っていたそうです。故郷は水郷にある小国陽城で、それは美しい景色なのだとか」
「故郷の話もしていたんですね」
「そのようです。もっとも、グーさんのお父は、ロンワで生まれたそうですが」
そこまで聞いて、バイリ老人の目がキラリと光った。
「ほ。ロンワ出身のヤンチョン商人グーさんの息子さんか。グーさんといえば、ヤンチョンの川や湖を舟で渡る小商いから始めて、水運でも成功した傑物だ。ついには、ロンワ近くに古家港という小さな港町まで築いた有名な御老体だよ」
港町の名前は、故郷の言葉で付けたようだ。遠方で成功しても生まれた国を大切にする人物なのだろう。チャイレンは、グー老人に好感を抱いた。
「師傅、お知り合いですか?」
「グーさんには会ったことがある。息子さんのことは知らんが、名前だけは聞いたことがある」
「本当にグー老人の息子さんでしょうか?」
逃亡中の何者かが、身分を騙った可能性もある。
「それは何とも言えないが、ジャン一家に危害を加えたわけでもなし。もし嘘だったとしても、話題にはなろ?」
「本当ならば、いつかグーさんに名付けのお礼をしに行きたいものだなあ」
今までは漁師小屋を離れることなど夢にも思わなかった。だが、ひょんなことから、青竹に乗って海の上を飛ぶことになった。そんな時に名付け親の身元がはっきりと判ったのだ。挨拶に上がりたい気持ちを持つのが人情というものである。それに、フェイユは外の世界へと踏み出したばかり。さまざまな場所や人を訪ねてみたい、と胸を躍らせていた。




