158話『晩成アーク、最初の受注』
そして、二つ目。
九条さんがこちらを見る。
「もう一点が、小型ゲートの攻略だ。担当を増やしたい」
柊さんが資料を開いて、日付を読み上げる。
「直近では、6月10日に6階ゲート、6月20日に7階ゲート、7月10日に最下層の8階ゲートで、それぞれスタンピードが起こります」
数字で置かれると、急に生々しくなる。
九条さんが、そこで問いを投げる。
「日本の小型ゲート、いくつあるか知ってるか?」
「以前、ポータルサイトで確認しました。2500前後、でしたか」
「現存してるのは2477だ」
九条さんはそこで一度区切って、続けた。
「多いようにも思うが、日本の市町村数が約1700。公立高校が約3300ある。市立まで含めると、4500校くらいだ」
その比較は、妙に腑に落ちた。
「……なるほど。自治体よりは多いけど、高校ほどはない、って感覚ですね」
「そういうことだ」
九条さんが短く頷く。
「問題は人手だ」
九条さんの声は変わらない。
「亡くなった帰還者もいる。ゲートを拒む帰還者もいる。階層が深くなると攻略スピードが落ち、やめる者も出る」
九条さんが、詩織の方へ視線を流した。
「早見に頼んでいた東京の二箇所も、別へ振り分けた」
詩織が一瞬だけ視線を落としてから言う。
「……すみません」
「それは構わん」
責める声ではなかった。
僕は一つ、確認を入れる。
「自衛隊に一階クリアでスキルを取らせる話は、どこまで進んでます?」
九条さんが答えた。
「今のところ3箇所のゲートで回している。ただ、リポップが7日だ。週3人ずつ増やすのがやっとだな」
柊さんが数字を見ながら補う。
「しかも、最初期の帰還者のように強力な契約モンスターが確定で付与されるわけでもありませんし、戦闘向きではないスキルも少なくありません」
九条さんが肩をすくめる。
「戦力化には、まだ時間がかかる。10階ソロで契約モンスターが得られるって情報はあるが……現実はそう甘くない」
僕は頷いた。
その上で、九条さんが本題を置く。
「時任に頼みたいのは、大阪の小型ゲートを8箇所ほどだ」
僕は一拍だけ考えた。
ここは、もう個人で受ける話じゃない。
「それ、私個人じゃなくて、晩成アークとして受けてもいいですか?」
九条さんの目が少しだけ細くなる。
「早見も込み、ってことだな」
「はい」
すると九条さんは、少しだけ条件を変えてきた。
「なら10箇所を晩成アークに任せるのはどうだ。早見には早見で、2箇所頼む予定だった」
早い。
でも、このくらいの返しの速さの方がやりやすい。
僕は頷いた。
「それで、お受けします」
隣で、詩織も黙って頷いた。
“巻き込まれた”じゃない。自分の立場で、役割を受ける顔だった。
柊さんが、手元の資料へ書き込みながら言う。
「どのゲートをお願いするか、条件や運用の詳細は後ほど整理してお送りします」
会議室の空気が一度落ち着いたところで、僕は口を開いた。
「……私からも、いくつか報告があります」
そう言うと、九条さんと柊さんが、分かりやすく少し構えた。
今の間で、はっきり分かった。
また何か持ってきた、と分かる反応だった。
警戒半分、諦め半分。そんな顔をしている。
最近の僕は、政府相手に“報告”という名の爆弾を置いていく回数が、明らかに増えている。
僕はその反応を見ないふりをして続けた。
「まず、クリア階層ですが――新大阪ゲートは55階まで到達しました」
九条さんも柊さんも、思ったより静かだった。
いや、静かというより、“もっと別の何か”を想定していた顔だ。
僕はそのまま続ける。
「担当している小型ゲートは、一つが18階。もう一つが22階まで進んでいます」
それでも、反応は薄い。
驚く準備をしていたのに、投げられた球があまりにも素直だったから、逆に受け止め方がずれた感じだ。
頭の中に、コユキの念話が落ちる。
『今回は、びっくりした顔が見れなかった』
『まだまだ』
少しだけ口元が緩みそうになるのを抑えた。
そこで、もう一つだけ足す。
「ちなみに、22階まで進んでいる小型ゲートですが、19階から22階までは、ほぼ早見さんが一人で突破しました」
今度は九条さんが反応した。
「……ほう。早見が、そこまでやったのか」
横で詩織が、少しだけ背筋を伸ばす。
「時任さんのところで、訓練を受けています」
その言い方は、前より少し柔らかくなった。
“鍛えられています”じゃなくて、“受けています”になっているあたりに、今の彼女の温度が出ている。
僕はそこで、少しだけ言い換えた。
「正確には、僕の契約モンスターたちに訓練してもらった結果です」
九条さんが眉を上げる。
「時任の契約モンスターか。そういえば、俺はまだ知らないな」
「おちゃめなモンスターです」
正直にそう言ったら、頭の中でコユキが即座に抗議した。
『おちゃめって何。ボクは有能』
『有能でおちゃめなんだよ』
『後者いらない』
そのやり取りを顔に出さないようにしながらいると、九条さんが軽く追い打ちをかける。
「22階を一人で回れるなら、一ノ瀬といい勝負じゃないか」
その名前に、詩織がほんの一瞬だけ反応した。
視線が揺れて、でもすぐ戻る。
そこをわざわざ拾わない。
「あと、もう一つあります」
そう言うと、九条さんと柊さんがまた少し構えた。
今度は、ちゃんと驚かせる自信がある。
鞄からケースを取り出して、テーブルの上に置くと、九条さんが目を細めた。
「……それは何だ」
ケースを開く。
中に収まっているのは、青い石を中核にしたネックレス。
飾りとして見れば、上品なアクセサリーにしか見えない。けど、こっちはその中身を知っている。
「精神干渉対策のネックレスです」
今度こそ、二人とも素で驚いた。
柊さんのペンが止まる。
九条さんも、さっきまでの“またか”じゃなくて、本当に一段だけ言葉を失った顔になる。
今のは、ちゃんと驚かせた。
「仕様はシンプルです」
ケースの中身を示しながら、要点だけ置いていく。
「精神干渉を三回まで防御します。発動ごとに宝石の色が、青から黄、黄から赤へ変わります。三回目で色を失って、そのまま割れます」
柊さんがすぐにメモを取り始める。
「……使い切り、ということですか」
「そうです。一般人でも使える前提で作っているので、魔力の有無は問いません。その代わり、消耗品です」
九条さんが途中で口を挟む。
「一般的な宝石付きのネックレスとの見分け方はあるのか?」
「帰還者が触れると、石の奥がうっすら光ります。一般人が触っても反応しません」
朝、94階でレグリスから預かってきた時に見た挙動を、そのまま要点だけで出す。
予定通りの仕上がりだった。さすがレグリス。
一通り説明したところで、価格も置いた。
「こちら、一つ250万円です」
隣で詩織が目を見開いた。
たぶん、今日いちばん素直に驚いていた。
「……250万」
小さく漏れた声が、妙に素直で少し可笑しい。
九条さんと柊さんも、一瞬だけ固まる。
そこで止めず、僕はそのまま続けた。




