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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第九章:盤上は世界へ、扉は奪還へ

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151話『家の外の視線』

新大阪ゲートを出た頃には、もう日が傾いていた。

海風と塩気がまだ肌に残っていて、身体の奥だけが少し遅れて現実へ戻ってくる。


疲労はある。でも、頭は妙に冴えている。

ゲート帰りって、いつも少しそうだ。危機を抜けた直後は、逆に外の気配に敏くなる。


駅を降りて、家のある住宅街へ入る。


その途中だった。


ブレスレットの奥から、ディアの念話が落ちてくる。


『気をつけて。家の周り、見られてるわ』


一瞬だけ、呼吸が浅くなる。

でも、足は止めない。

視線も上げない。歩幅も変えない。


――気づいていないふりをする。


ここで反応したら、相手に“当たり”を教えるだけだ。

何も知らない顔で、いつも通り帰る。それが一番情報を渡さない。


角を曲がる。

自宅が見える距離まで来ても、僕は何も変えなかった。呼吸も、速度も、そのまま。


玄関を開ける。


ユキ丸のホログラムが、いつものようにふわりと浮かぶ。


【おかえりなさい】


「ただいま」


その少しあとで、詩織もリビングの方から顔を出した。


「おかえりなさい」


家の中の空気だけは、ちゃんといつも通りだった。

それが、今はありがたかった。


リビングへ入ると、詩織が先に口を開いた。


「今日、お買い物に出ようとしたら……ユキ丸さんに止められました」


言いながら、少し戸惑っている。


ユキ丸が帽子を外し、ホログラムに文字を出す。


【現在この家が監視されている可能性があるため、念のため詩織さんの外出を控えさせました】


「……監視、ですか」


詩織の表情が、一瞬だけ固くなる。

“見られている”という感覚が、前より直接的に刺さった顔だ。


僕はまず、そっちを落ち着かせることにした。


「大丈夫。少なくとも今は、家の中が一番安全だ」


詩織は僕を見て、少しだけ呼吸を整える。


「……はい」


それから、ユキ丸へ向き直る。


「分かってること、ある?」


ホログラムが、地図に切り替わった。


家の周辺。

道路。

隣家。

見通しのいい角。

そこに、赤いマーキングが三つ置かれる。


位置取りがいやに綺麗だった。

死角を潰す配置。交代ライン。退避ルートまで引かれている。


「素人じゃないな……」


次に、短いクリップが流れる。


カメラ映像みたいな角度。

三人。アジア系の顔立ち。日本人と断定はできない。服装は一般人寄り。でも、立ち位置と間合いが違う。


軍か、公安系か。

少なくとも“ただの張り込み素人”ではない。


アジア系。

でも、日本人なのか外国人なのか、まだ断定はしにくい。


僕が聞く。


「この映像、何?」


ユキ丸がホログラムに簡潔な説明を出した。


【スキル:微羽斥候(ミクロ・スカウト)

【蚊ほどのサイズの斥候ドローンを多数放ち、映像・音・熱源・移動経路を収集】

【必要時は自爆し攻撃することも可能】

【破壊時はゲート産のため腐敗して消滅。証拠が残りにくい】

【都市部でも溶け込むように飛行し、発見が難しい】


「……ユキ丸、便利の域を超えてないか」


ユキ丸のほっぺの薄ピンクが少し明るくなる。

褒められた判定なんだろう。


そういえば、ユキ丸は92階の上位モンスターだった。

可愛い雪だるまロボットに見えても、今日の海の連中より格上だと思えば、だいぶおかしい。


コユキが影から出てきて、三本の尻尾をゆっくり揺らした。


「この家、ディアもいるしユキ丸もいる。普通の相手が何しても、そう簡単には崩れない」


「うすうす思ってたけど……防衛拠点として完成しつつあるな」


詩織はまだ完全には笑えないけど、それでも少しだけ肩の力が落ちた。

“守りがある”と実感できるだけで、人は少し戻る。


僕はソファに腰を下ろして、もう一度ホログラムの配置を見る。


ずっと見られているのは、不快だ。

それに、詩織が自由に外に出られない状態が続くのも良くない。


「……ずっと監視されるのも面倒だな」


コユキが目を細める。


「追い払う?」


「できるんですか?」


「やり方、考える」


僕は少しだけ思考を巡らせる。

相手の数、位置、視線の癖。こちらの強み。近所への影響。目立たないこと。


細かい手順は、口にしない。


「うん。最低限、分からせる」


ディアが僕を見る。

止めない。たぶん、止めるほど危ない動きじゃないと読んでいる。


「派手にしないでよ」


「分かってる」


「ほんとかしら」


「必要以上にはやらない」


「それならいいわ」


家を出る時も、あえて普通にした。


特別な気配を出さない。

ただ、近所へ少し歩いていく人間の顔。


歩きながら、ディアの念話が落ちる。


『監視、ついてるわね』


『……じゃあ始めますか』


言葉の温度は低い。

その方が、今はちょうどいい。


少し離れた、古いアパートの屋上だった。

向こうはまだ、家の方を見ている。


位置の優位を取ってから、僕は姿を見せた。


「監視するなら、もう少し上手くやった方がいい」


三人が同時に振り返る。

驚き方が揃っている。


「|怎么回事?刚才不是还在那边吗——《どういうことだ? さっきまであっちにいたはずじゃ——》」


「|他怎么会在这里……《彼がどうしてここに……》」


中国語、だと思う。

正確には分からない。でも、その程度には聞き覚えがあった。


僕は肩をすくめて、日本語で返した。


「何を話しているか分かりません。日本語でお願いします」


三人のうち、一人が一歩前に出た。

カタコトの日本語だった。


「時任……秀人さん、ですね」


「そうです」


感情は乗せない。

あくまで“窓口”の話に落とす。


「なぜ、私を監視しているのですか」


返事はない。


三人とも、視線だけで何かを確認している。

指示を待っている動きだった。


「話があるなら、日本政府を通してください」


少しだけ声を落とす。


「見張られるのは、不愉快です」


そこまで言ったところで、空気が変わった。


相手が、ほんの少し動く。

距離を詰める前触れ。手元の道具に触れる動き。何かを仕掛けるつもりだと分かる。


でも、そこで終わらせる。


威圧波(ドレッド・ウェイブ)


空気が、一段だけ重く沈んだ。


音がなくなる。

喉が潰れるような感覚。息が上手く吸えない。

“恐い”より先に、本能が“逆らうな”と判断する類の圧だった。


三人の膝が落ちる。

一人は手をつき、もう一人はその場で崩れた。残った一人も立っていられない。


「っ……」


僕は冷たく言う。


「次は見逃さない」


そのまま、少しだけ視線を落とす。


「お引き取りください。近所迷惑です」


三人は何も返さなかった。

返せなかった、の方が正しいかもしれない。


互いに支え合うようにしながら、ふらついて下がっていく。

撤退。無言。速い。


十分だった。


家に戻る。


リビングへ入ると、コユキが影から出てきて短く言った。


「上手くやったね」


「何が」


幻影標識(ミラージュ・マーカー)で家の前に囮を置いて、無相潜伏フォームレス・ステルスで回り込んだやつ」


「……あれで良かったかは分からないけど」


「十分でしょ」


ディアがブレスレットから出てくる。


「少なくとも、監視は止めて引いたわ。威圧もちゃんと効いた」


詩織が、少しだけ不安そうに聞いた。


「……大丈夫なんでしょうか」


「とりあえず今夜は大丈夫」


僕はそう答えてから、ホログラムを出しているユキ丸を見る。


「ユキ丸。柊さんにメールで送っておいて。経緯も、相手の特徴も、こっちの対応も」


ホログラムに、メール作成中の表示が出る。


ソファに腰を下ろして、小さく息を吐く。


「これで終わってくれるといいんだけどな」


コユキが即座に刺した。


「それはフラグ」


「やめろ」


少しだけ、空気が軽くなった。

笑うほどじゃない。でも、張りつめた糸が一段だけ緩むくらいには。


家の中の灯りは温かい。

それでも、その外側ではまだ何かが動いている気配だけが残っていた。

火曜の夜は、その余韻を抱えたまま静かに更けていった。


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