正義に叛く
Ⅰの叛逆の知らせは瞬く間に彼の元へと届いた。
革製で艶のある椅子に男は腰掛けながらゆっくりとⅠの写真を暖炉にくべる。ゆっくりと燃えていく彼の写真はそのまま灰となって静かに消えていく。薄暗い部屋の中でただ一人、彼は無言でそれが無くなるのを見ていた。
やがて立ち上がった男は掛けていた杖を持ち部屋を出る。まるで男が涙を流しているかのように雷鳴が轟いて、彼の廊下を歩く足音は掻き消された。
男は、Ⅰが叛逆することは前々から分かっていた。だがⅣはⅠが見込んだ以上に異常だ。その程度で彼女を制することはできない。かく言うミストガンですら彼女をメンバーとしては見ているが、仲間としては見ていない。いずれ大きな事件を起こしかねない危険因子だというのは誰の目から見ても明らかであり、こうして意思疎通ができている今がかろうじてやっていける時なのだと考えていた。
広間に出るとそこにはいつ帰ってきたのか分からないⅣの姿形をした人形がフラスコを持って男がこの場所に来るのを待っているようだった。
「仕方ない。ありがとうな雪広総一郎。お前のおかげで俺たちの目的はまた一つ達成することができた」
「やっと来た~。これでいいんだよね?」
「ああ。ありがとうⅣ。お前は本当に、狂っているな」
「ちょっと~そんなに褒めないで?私は魔法少女なんだから、これくらい朝飯前だもの」
そう言って彼女は嬉しそうにしてフラスコを置いて去ってしまった。置かれたフラスコを見てミストガンは中身を確認するためにその栓を抜く。そして中身を少し出したところで気がついた。
「……本当に、途中参加のメンバーはどうしてこうも可笑しな奴らばかりなんだ」
ただの水と入れ替えられていたその中身を見て、もはや呆れて乾いた笑いしか漏らすことができなかった。フラスコはまるでミストガンをあざ笑うかのように粉々に砕け散り水が机を伝って床へと滴る。
広間の中心にある写真立てには現メンバーが全員写った写真がある。すでに何度メンバーが入れ替わったのか忘れてしまったが、このメンバーになってからはしばらく欠員も入れ替えもなかった。
初期にいたメンバーで今も残っているのは一人もいない。捕まって殺された奴もいれば、裏切りで死んだやつもいる。目的達成のために時間がかかることは最初から分かっていたことだが、こんなに減るなんてな。だがもうすぐ、もうすぐ目的は達成できる。あとはそれを成すまで死なない、それが俺の今するべき事だ。
「ごほっ、ごほっ!」
見ると口を塞いだ手には微かに血が付いていた。本当に、終わりは近づいている。
男はその血をハンカチで拭き取ると静かに広間を出ていった。
乗り心地はどんなものかと言われれば、あまり良くは無い。なんせ乗る前に絶対に酔い止めをのんでおけと散々忠告されたくらいだから。その忠告を受け入れた三人は今、とてつもないスピードで空を駆けるジェット機に乗っていた。
「当機は安全性を欠けた運転をしておりますが、ご了承いただきたく願います。もうしばらく空の旅をお楽しみください」
そんなふざけているともとれる様な冗談を運転しているはずの酒花さんは言った。
オーストラリアが消えた。そんな荒唐無稽にも思われる様な出来事は事実として起こったと考えられる。それを確かめるためにも誰かがそれを確認しにいかなければならないとなった時に、真っ先に手を上げたのは酒花さんだった。
曰く、彼の実家は超とかいう次元を超えたようなお金持ちらしく、電話一本でジェット機を一番近い空港に用意できたから乗っていこうと提案してきた。
さすがにここからオーストラリアまで雪広の魔術で転移するとなったら、魔石混みでもかなり必要になる上に彼女自身の負担が考えられないほど高くなってしまう。加えて彼はジェット機の免許も持っているらしく、安全性を考えればこっちの方がいいと思うのは妥当な判断だった。
が、乗ってみれば彼はこんなことを言っている。先祖返りの先輩とはいて、僕はどういう倫理感なのか彼に問いただしたくなった。
「私は酔いそうなので寝る。着いたら起こしてくれ」
そう言ってサイドゥンは離陸早々に眠ってしまった。続いて雪広もいつの間にかサイドゥンの方へと身体の重心が移動していってそのまま小さな寝息を立てている。
そうして残された僕だけが時々流れる酒花先輩のよく分からない謎の放送を聞いていた。半日のフライト、暇すぎてスマホでも眺めたいが、もちろん機内では機内モードにしないといけないので何の情報も得られない。あるのは目の前に置かれているモニターに写っている聞いたこともない謎の映画だけなので僕はそれをボーーっと見ていた。
悔しいことに、タイトルとは裏腹で内容は案外悪くなかった。長尺な映画だったから間延び感は否めなかったが全体的な感想を言うのであれば面白かったと思う。
ってそんな映画の感想を言っている場合じゃない。時計を見れば残りのフライト時間は大体8時間。もう起きてるのは無理そうかな。
そう思って僕は眠りにつこうと思っていると運転席の部屋から酒花先輩が出てきた。どうやら三人で運転を回しているらしくちょうど彼の休憩の時間になったらしい。
「お、今から寝るところ?」
「そうですね。映画も見終わったのでちょうどいいかなと思って」
「そっか。……そういえば、先祖返りの力はコントロールできるようになったのかな」
そういえばもうしばらく力に飲まれていない気がする。知らないうちにほとんど自分の裁量で力を使うことができるようになっていた。
「多分もう大丈夫です。あの時はありがとうございます」
「いやいや、そんなの気にしなくていいよ。僕達先祖返り仲間だからね。これからも何かあったら気にせず相談してよ」
そう言って彼は空いている席に座る。僕も置いてあったアイマスクを付けると、緩やかに深い眠りへと誘われていった。




