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アンハッピー・アライブ  作者: 八千夜
1章 あなたはきっと、生きていく
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完膚無きまでの敗北を知りましょう

  業火は酒花を飲み込もうと襲い来る。

  鎌鼬を強制退去させると炎から逃れるために一目散に家接から離れる。鬼の先祖返りをしている時は身体能力が格段に上昇したことも相まってなんとか火に飲まれることはまだない。

 しかし彼はすぐに壁に突き当たる。

「さて、どうしようかな」

 考えている猶予はない。

 至った結論は、天井すれすれまで跳躍するという力技だった。

 それでも先祖返りの力は伊達じゃない。それをやってのけるだけの力はある。思い切り踏み込んで業火がくるタイミングで跳ねる。飛び上がっている間にジュワッという靴の溶ける音がして肝が冷えたが体には傷一つつかなかった。

 壁に激突した炎は大きな円形の焦げ跡を残して消える。煙のようなものが昇っていて唖然とした。

「いやぁ、凄いな。人っていうのはやっぱり窮地に立てば火事場の馬鹿力が出るもんなんだね」

 地面にへたり込んだ家接は、さっきまで死にかけていたというのにへらへらと笑っている。そんな彼を見ていると突然魔術を使った影響もあってか気を失った。

「最初だからそうなるのも無理ないか」

 そう言って酒花は彼の肩を取ろうとしてあることに気づく。

 すぐに距離を取って元に戻っていた頭の角を生やして杖を構える。倒れている少年の異変は手を取らずともわかった。

「また人の体を使って遊んでいるのか、妖精。確かシルフだっけ?」

 カラ爺に聞いた話だとそんなことを言っていたような。

 風の精。酒花は自分の持つ先祖返りとは比べ物にならないなと家接を憂う。

「お前の方こそ、こやつに何をしようとしている」

 おっと話せるのか。そりゃ人の体使ってるんだから当たり前っちゃ当たり前だな。

 内心先ほどよりも酒花は警戒を強めなければならなくなる。ほとんど素人である家接の魔術であるならばともかく、四大精霊が相手となると分が悪い。

「まぁ良い。お前の魂胆は知らんが気絶で済ませてやる」

「そりゃどうも」

 互いの心の内を透けさせないまま間髪を入れずに攻防戦の火蓋が切られた。

 目の前の先祖返りに意識を奪われてしまった家接はゆっくりと立ち上がると首を捻る。そして何度か左手を開け閉めして感覚を取り戻すと違和感を持ったらしい。だがそれもさしたることではないと言いたげに彼の姿は突然現れた濃霧に消え去る。

 格段に濃くなったその霧はさっきのとは比にならないレベルでそもそも自分の手ですら視認できない。

 嫌になると、酒花は心の中で思った。

 どこからくるか分からない先祖返りの姿に警戒しながらも、酒花は手にしていた杖を投げて指を鳴らす。これで彼の両手は空いた。

 もちろんそれを黙って許すほど相手もバカじゃない。さっき使うことのできるようになった家接の魔術を先祖返りはもとから使える魔術のように打ち込んでくる。

「またかよ……」

 前回は急すぎて逃げるしかなかったが酒花はもう逃げるつもりはない。

 その場で何度か体を跳ねさせると、霧の中からでも迫ってくるのが見える業火に向かって飛び込んだ。

 体の表面が熱く燃える感覚が顔を歪めさせる。だがそれも無視して彼は炎を生み出した相手に迫って拳を握った。

 酒花は拳が当たる瞬間に先祖返りと一瞬目が合う。彼はニヤリと笑って見せるとみぞおちになんのためらいもなく殴った。

 戦闘をすることに慣れていない家接の体はいとも簡単に吹き飛んで向かいの壁に叩きつけられて倒れる。こんどこそ意識を失ったことを確認するために彼に近づいていくと閉ざされていた鋼鉄の扉がゆっくりと開かれていく。

「また随分と派手にやってるね」

「いやぁ、思っていた以上に彼と先祖返りの関係は複雑みたいで。あんまり手加減できませんでした」

 倒れる家接をカラ爺は担ぐと、角をひっこめた酒花と共にその部屋から出た。

「ごめんね。頼れるのは君しかいなくて」

「全然かまいません。僕みたいな異端児が役に立てるんだったらいくらでも手を貸しますよ」

「もう今はそんなことを言う人はいないと思うけどね」

「……そうですね」

 念のためにと、酒花はカラ爺に魔術を一応は使えるようになったこと。彼の先祖返りに対する支配力はまだ完全ではないことを伝える。

「そうか、魔術を使えるようにしてくれたのか。ありがとう」

「いえいえ。でもさっき言った通りまだ力は完全じゃないので気を付けてください、ってカラ爺のそばなら大丈夫ですね」

「はい。それじゃあ。みんなにもよろしく頼んだよ」

「分かりました!」

 魔狩師協会を二人は離れると帰路の途中で雪広に出会った。彼女は会うと思っていなかったのか、たくさんの紙袋を持って満足げな顔をしていたが、カラ爺を見つけるとその緩んだ頬も整えて持っていた紙袋も後ろに隠した。

「帰ってきてたんだ」

「ええ。というより彼が気絶してしまったんで」

 そう言い終わるとカラ爺は彼女の隠した手を見ようとする。分かってやっているので楽しそうな表情を見ると雪広はもっと気を付けて帰るべきだったと後悔した。

「今日もまた随分とたくさん買ったみたいですね」

「今日”も”じゃなくて今日”は”よ。たまには、こういう日があってもいいじゃない」

 言っても年齢だけを取るなら彼女も花の女子高生だ。それ相応のおしゃれにも興味があり、それを買ってしまえるほどの財を身に着けているだけに時折こうやって買い物をしているのだ。

「別に何かを言うつもりはありませんが、使い過ぎには気を付けてくださいね。なにより、あなたが使える部屋は一つだけなんですからせめて掃除くらいしてください」

「わ、わかってるから!……先に帰ってる!」

 やれやれ、と肩をすくめながら先に帰る彼女を見送る。恥ずかしいと思うくらいなのであれば自分で掃除をすればいいのに、人に任せるのですから彼女もまだ子供なんだなと親でもないのに親心を感じるカラ爺。

 カラ爺は背負った家接を見ながら、

「あなたも、たいがいかもしれませんね」

 と少しだけ嬉しそうに呟いた。

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