亡者の夢に寄り添って
薄暗い洞窟。水が垂れるとそれが水面に波紋を与えるように次々と空気を伝播していく。その音に紛れるように自分の足音は一歩、また一歩と奥へと進んでいた。
ゆったりと冷たい風が奥から吹いており、仕立てた服で歩いていても若干の肌寒さを感じる。
「……さて」
水捌けの悪い足元が段々と良くなっていく。土を踏みしめる感触を得ると同時に、曇っていた視界はだんだんと光が指したように明るくなる。否、実際に洞窟の奥では光が差していた。
準備を始めなければならないが、ここに彼らが来るまでに終わらせられるだろうか。
考えていても仕方ない。他の幹部に気づかれればそれこそ手が付けられないことになる。
スーツを脱いでちょうどハンガーフックのようになっていた岩に掛けた。顔を上げると洞窟の中なのにそこだけなぜか穴が開いていて外からの光が差し込むと共に鳥のさえずりのようなものが聞こえてくる。
眼下にある整えて加工された石の上に持ってきた木箱を置く。
同時にポケットから懐中時計を取り出した。Ⅰにとって忠誠は偽りであって信頼関係を構築するための手段でしかない。だからこそ、私がここで行うことはNo.0にとって必要なことであり私にとっても最高の叛逆の機会というわけだ。
一瞬、誰かの魔力を感じ取ったがすぐに消える。
「使い魔か。それなら、Ⅷではないな」
彼女はそんなことをしなくても私の場所くらい分かる。であれば、きっと彼らのはずだ。
魔石をありったけ砕いた粉で陣を造っていく。始めた以上止めることもできないが、きっと急にあふれ出した魔力でこの辺りにいる魔術師は全員がこちらに気がついているはず。そして陣が完成したとでも言うように、その中央にはフラスコが置かれた。
「四方印、東西」
この魔術は指で囲った部分を指定して切り取るという魔術だが、もちろんそれは空間の固定を安定化させるために取っているに過ぎない。実際は座標が分かっていればどんな空間でも切り取れる。この魔術は空間を掌握するための魔術。
どんなものにもこの儀式は止めさせない。
「終わりが目の前に迫っていると何にでも躊躇が無くなる。いいことなのか、悪いことなのか。だが覚悟はすでに決めている。No.0は決して存在してはいけない組織なのだから」
重たい鞄からは全財産を使ったうえ、自らの臓器と引き換えにした金塊が山のように出てくる。この魔術のベースは煉丹術という中国でかつて不老不死のために行われていた術だ。もちろんそれが実現できなかったからこそ今も不老不死は存在しない。
だが私は自らの一族に伝わるこの魔術に狙いをつけた。空間魔術はあらゆるものを固定、つまり留めておくという性質を有している。ではこれを飛躍して考えるとどうなるか。
あまりにも奇想天外すぎて現実的では無いと考えたが、それは時間停止といえるのではないかと。
空間固定のようなことを行ってもその空間内と外とで変化はないということは他の物理現象に影響を与えているわけでもない。なら自分自身にその魔術をかければ、あらゆる肉体の時は進まずに、死ぬことも無ければ老いることも無いはず。
手始めに部下を使った。そこに躊躇が無かったと言えば嘘になる。部下であったはずの彼女はそれを快く引き受けて魔術を受けたが結果は振るわなかった。確かに彼女の肉体は腐ることはなかったが私は根本的なことを間違えていたのだ。
「これは、死んでますね。どうしますかⅠ」
彼女の行く末を見届けていた部下は淡々とあとの処理のことについて話していた。
死んでしまったのだ彼女は。肉体の固定という魔術が何を示しているのか。肉体の時を止めるということはつまりあらゆる細胞の活動を止めるということだ。呼吸も何もかも止まる。魔術を掛けた瞬間に彼女の死は確定的なものになっていた。
魔術を解除した瞬間に倒れて目も開かない。そうして最初の実験は失敗した。
そして最終的に行き着いたのが煉丹術だ。これは金などを服用して不老不死に至ろうとするものだが、そんな危険なことをせずとも金そのものの性質を利用すればいいと私は気がついた。
金の腐敗しづらいという性質だけを肉体に移し、そのまま空間の固定によって肉体にその性質を紐付かせる。こうすれば不老不死の肉体ができるのではないか。老いることのない臓器による半永久的な生命活動はまさに私が課せられた使命そのもの。
ならばそれをすぐに試さない手はない。そしてこれがもし成功したなら、私は彼の前に立ってこの成果を妻のように……。
「いけない。思い耽ってしまっていた」
まだ成功もしていないというのに。まずは成功させてからで無くてはこの悲願もなすことはできないのだから。懐中時計を開いて時刻を確認する。そろそろだな。
指を鳴らして椅子と机が似つかわしくない場所に姿を現す。ここからは長い。彼らが来るまでゆっくりとその完成を見届けよう。
「見つけた。ここだね」
場所を見つけた鴉を呼び戻して、開いていた地図に印を付ける。カラ爺が予想していたよりも距離がありかつ歩いて行くには道があまりにも入り組んでいた。鴉だからこそ偵察に向かうことができたと言っても良い。きっと空間魔術でそこまで行ったのだろうと素人目にも分かる。
だがこっちのも空間魔術の使い手はいる。僕の技術不足が原因なところもあるけれど時間がかなりかかったこともあってきっと今頃三人は追いつかれたⅧの相手をしているはず。
「メイニーちゃん、そろそろ準備お願いして良いかな。きっと戻ってくる頃だろうからさ」
念のために飛ばしていた鴉の情報を見てそう感じたカラ爺は撤退してくるはずの三人を見て彼女に治癒魔術の準備をお願いした。
カラ爺の予測はもちろん、使い魔を通して見ているので間違ってはいないが前回ほどの圧倒的差を付けられているわけでもない。特に家接とマイクラストがかなり奮闘している。
「言っとくけど、時間稼ぎなのは分かってるんだからね!」
「分かってるなら、こんな見え見えの時間稼ぎに乗るべきじゃ無かった」
「88の星に照らされよ。アステリズム。この術の前でもそんなことは言えないんだから」
これだけ強力な術をこんな簡単に何度も使うなんて、やっぱり彼女も数字を冠するだけあってバケモノに変わりは無い。少なくともあの領域で勝てる道理は無い。だからこそ彼女もその魔術に頼るわけだけど、裏を返せばその術に嵌まらなければ逃げ切ること事態は容易だ。
「四方印、南」
彼女を中心として展開されていく星空の空間を避けるためだけに雪広はずっと魔術を使わずに後ろにいた。だからこそ魔術の展開はいつも以上に早く、Ⅷの魔術回路の早さを上回れた。詠唱の瞬間を待ち望んでいた彼女のその回避によって、たった一人で星遊びをするしかないⅧ。
何よりあの空間内は外と異なった空間で魔力感知が及ばない。この隙にカラ爺のもとに戻れば、追ってこれないはずだ。
「行くよ二人とも!」
連続で四方印を使うのは負担だけど、とやかく言う時間は無い。
秒読みで展開された魔術の中に三人は消えた。そして遅れて戻ってきた彼女は消えた彼らを見て一言呟く。
「はぁ。これ以上は無理かな。頑張ってね、Ⅰ。きっとその使命は果たされるから」
苦手なことをする趣味は無いけどそれ以上にⅠが辿る運命の結末は見届けたい。
全天を開放して見つけたⅠを占うと、その箒はゆっくりと彼のいる方向へと動き始めた。
三人が戻ると、カラ爺とメイニーは戻ってくるのが分かっていたみたいな手際の早さで治癒が行われる。魔力の回復こそないものの疲労や怪我がなくなるだけで全然違う。
「さすが雪広ちゃん。タイミング完璧だよ」
カラ爺は私を褒めてくれたけど、たまたまだよと返したくなる。これだけ時間を稼いだのは二人なんだから褒めるなら二人を褒めるべきなのに。
「もちろん、二人もありがとう。これでⅠのところに掛けることなく行けるよ」
そう、まだ雪広はしなければならないことがある。
カラ爺に渡された座標の確認をすませるとすぐに魔術を起動する。三人を同時に転移するのですらかなり疲れるとうのに、五人同時がどれだけ大変かは言うまでもない。このレベルはさすがに魔方陣無しでどうにかできるものでもないのでカラ爺は結界を張るときについでにメイニーに彼女の使う魔方陣も書いてもらっていた。
「ありがとう。ちゃんと使わせてもらうね」
「っ、はい!」
空間が繋がる感触、見つけた点と自分のもとにある点を結ぶ。そうして繋がった線がゆっくりと立体になって広がる。トンネルのようにまっすぐなそこに拒むものは何一つとして存在しない。
「繋がった。いいよ、入っても」
すぐに入ると、そこは洞窟の入り口に繋がっていた。全員がその場所まで転移すると、空間の歪みは最後に出てきた雪広と同時に消え、連続で魔術を使用したことで体力を失ってふらふらになった彼女は家接にもたれかるようにして倒れてしまう。
「雪広、大丈夫?」
「なんとかね。それよりも、Ⅰがやろうとしていることを確かめないと」
彼女からすれば自分自身の心配よりも、親が何をしようとしているのかを知る方が大事だった。僕には分からないが彼女の家族は最近までずっとばらばらに生きていた。その一人うちの一人が大きなことをしようとしているのが分かっていて黙っていられるほど雪広は薄情な人じゃない。ただ一人の家族として見届けようとしていた。たとえ、もう父の名を呼ばなくなっていたとしても。
洞窟の中に入ると、まるで何か蓋をして抑えられていたみたいに外とは違う空気に変わる。肌に粘っこくへばりつくような濃さの魔力が奥の方から際限なく放たれていて、意識をしっかり保たなければその魔力の波に押されて倒れてしまいそうだ。
「なにこの魔力。息をするだけでもしんどい」
「僕の霧でも和らげられない。これは人間の出すことのできる魔力なの?」
ゆっくりと進んでいくが魔力の濃度が下がることは無い。やっとのことで開けたところまで行くと、すでにそこではⅠが儀式を開始していた。
「やっと来てくれたね。私の方もちょうど準備を進めていて、もうすぐその成果を見せられるところだよ」
前回会った時のような穏やかな印象は残りつつも、ひどく痩せ細っている気がする。もちろん彼は年を取ってはいるだろうけどそれで言うならカラ爺も年だ。同じ世代とは言えないようなレベルの差がそこにある気がする。そしてその疑問はカラ爺が晴らすこととなった。
「Ⅰはそこまでして、その儀式を成功させないといけないのかな」
「ああ。これは必要なことだとも。たとえ私の生命の灯が消え入りそうになったとしてもする価値がある。そしてこの間違った組織に反旗を、世界に叛逆する彼らに復讐を果たす。これは私に課せられた使命だ。たとえ貴方たちが今から止めようとしても止められない。ここには私の命を賭して紡いだものがあるのだから」
儀式は終わりを迎えていた。空気中に満ちた魔力は、何か一つに集約されていくようにしてⅠの背後ある魔法陣の中央にある何かに凝縮されていく。
それを確認した彼は場所に似つかわしくない椅子に座ると僕たちに問いを投げた。
「もうすぐ終わる。だからその前に私から一つ質問をしてもいいかな」
Ⅰはゆっくりとカップに注がれた紅茶を飲む。どれだけそのからだが弱々しくなっていたとしても優雅な態度だけは一切崩れない。彼にとってそれは鎧であって、同時に彼を形作る何かであることは間違いなかった。顔が上がって視線が辿るのは僕でもカラ爺でも無い。雪広に向けてだった。
「何?私に何か聞きたいことがあるの?」
彼女はとげとげしくその言葉に応える。それでもⅠは雪広に対して優しい眼差しを向けることを止めない。これが彼なりの親としての態度のつもりだったのかもしれない。だけど、僕にはそんな愛を受け止めた記憶も、感覚も無い。寵愛も敬愛も親愛も慈愛も、僕にはほど遠い。
「私は、いや僕はキミの父親になれていたかい?」
「……そんなの知らない。私は、私はただお母さんを殺したⅣを許さない。だから同じ組織いるあなたのことなんて、信じられないよ」
それを聞いてⅠはゆっくりと笑みを零した。それでいいんだ。それなら私は何も躊躇う事は無いと言っているような気がした。
「ありがとう静。私はこれでⅣを殺すためにこの命を捧げられる。四季をよろしく頼むよ。私は先にお母さんのところに行ってくる」
そう言うと魔術の進行がさらに加速する。中心に置かれたフラスコに集まっていた魔力が凝縮を始め、ゆっくりと形を成していく。
「やはり、成功しそうだね」
「これは何を造っているのか、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかい?」
カラ爺は今にも消え入りそうになっているⅠに対して尋ねた。
「これは不老不死の溶液を造っているんだよ」
「それがⅣを殺すこととどうやって関わってくるのか分からないな。不老不死になれば少なくとも『殺す』ということはできなくなると思うけど」
「そうだね。確かに事実として『殺す』ことはできなくなるかもしれない。だけど、私がしようとしているのは何も実際に彼女を殺すことじゃないとも。私はこの溶液を彼女に用いて魔術師として殺すつもりだ」
そこまで聞いても僕や雪広には言葉の意味が分からなかった。不老不死になるのと魔術が使えなくなるのは全く以て相関があるとは思えない。いつの間にかあれだけ置かれていた金塊はもう残り少なくなっている。
「この溶液は、肉体をそのまま作り替える魔術が仕込まれている。肉体の構成要素を金へと置き換える。もちろん構成要素を変えるだけでそれは人間だ。だが、金の性質によって腐敗はほぼ起こらない。つまり、半永久的に生命活動を維持できるということなんだよ。だけどね、現代の私たちがこうやって魔術を使えるのは魔力が肉体の活動によって生み出されているからだ。もし肉体の構成要素が置き換わって細胞の循環が起こらなかったら……。人ははたして魔術を使えると思うかい?」
つまり彼がしようとしているのは、Ⅳを不老不死にしたうえでただの少女と化した彼女に制裁を加えようとしているということだ。
「でもこの魔術を使った後にあなたは死んでしまうんですよね。だったら、その後Ⅳにその溶液を誰が使うんですか?」
これだけの大魔術、彼が死んでしまったらその本懐はきっと果たされないままになってしまう気がする。もしそのまま終わるなんてことになったらいったいどうするつもりなんだと思う。だけど、質問をされた彼の目に一寸の迷いすらないことに気がついた。
「もちろん、そのことは考えている。正直、この魔術を使って私が生き延びれるかは怪しい。きっと死んでしまう可能性の方が高いだろうね。だけど、布石は一応敷いてあるんだ。君たち、ある無人島にあるカラクリ屋敷に訪れた事があるだろう?あそこに私の思考をトレースした学習型AIを組み込んだ絡繰を一体置いている。もし私が死ぬまでにその調整を終わらせることができれば、それこそ不老不死はきっと完成するんだろうね」
それが安心に値するものなのかはさておいて、この人の熱意だけは確かに伝わった。この人は本当にあのⅣをへの殺意を抱いている。それも温和なその雰囲気に隠しきれないほどのものを。
見届けていく間に少しずつフラスコの中身が埋まっていく。全員が静かに見届けようとしていた時だった。
「あなた、そんなこと考えていたの?」
全員が顔を上げた。洞窟から吹き抜けのように開かれた天井。そこから除く青空にひとつの影がぽつりとあった。魔女の影、Ⅷは既にここに来ていた。
「もう見つかったのですか。やはりあなたの占星術には驚かされますね」
そうでしょ〜と胸を張るⅧこんな時に呑気に出来るあたり、この中で一番肝が据わってるのは彼女なのかもしれない。ゆっくりと箒に跨りながら地下へと降りてくる彼女。地面に足がつくと箒を片手で持ってゆっくりと魔法陣の中央に向かおうとして真っ先にⅠに止められる。
「あなた、出てきて早々何をするつもりですか?」
「あなたこそ何するつもり?こんなことをしたら組織が崩壊しちゃうじゃない!」
「それの何が悪い」
温厚だった彼の口調が一変、急変した態度にⅧも一瞬怯むがすぐさま応戦する。
「私はあなたを止めるよ」
「残念ながらそれは叶わないよⅧ。ここにキミの魔術では私のこの儀式を止めることはできない。それに、キミの相手は恐らく私だけじゃないはずだよ」
後ろには家接たちがいることをⅠは忘れていない。当然彼らが彼女に対して警戒をしないわけにはいかないのだ。ここに来るまでの間、どれだけの邪魔をされたのかを忘れたわけではないのだから。
そして同時にⅠの行った儀式は終わりを告げる。フラスコには半分以上液体が生成されており、あれだけ空気中を支配していた濃度のある魔力は一瞬にして消え入った。瞬間、どっと疲れが抜けたような開放感を全員が感じ取り身体が軽くなったような錯覚に陥る。
「おっと、ここでの私の目的は果たされた。キミはまだ彼らとの遊戯を楽しみたいようだからこの場は譲ろう。では貴方たちも、また月の満ちる夜。Ⅳの佇む英国の地でまた会おう」
Ⅷが呼び止める間もなく、彼は四方印でその姿を消してしまった。
その場に残ったのは、儀式の跡と裏切りの証として捨て去ってしまった懐中時計。気づかないうちにそこにはナイフが突き刺さって、割れた硝子の内側にある秒針は止まっていた。
「私はただ心配してるだけなのに……」
残されたものを見て静かに拾うⅧ。僕らは消えてしまった彼を見届ける他に無い。どんな形であったとしても彼は確かにその覚悟を示してくれたから。彼女もきっとそれは理解しているだか魔術で足止めをすることもきっとできたはずなのにしなかったんだ。
「これからあなたたちはどうするの?」
懐中時計をしまった彼女は箒に跨ろうとしてこちらに問いかける。その視線はカラ爺では無くて僕に向いていた。だから思っていたことをそのまま言うことにする。
「帰るよ日本に。だって、多分だけどⅠがしようとしていることは復讐だから。僕らが止めるとか、彼に加勢するとかはきっと間違ってる。一人でやって一人で抱えてそうして最後を迎える。たぶん、それが彼の望んでいることだと思う」
「ふ~ん。そう。あなたもそう思ってるの?雪広静」
あえてフルネームで呼んだのはきっと彼女はⅠとの関係性を知っているから。その復讐は彼女の心の内にも秘めているもの。一人で成そうとしているⅠに対して思うことがあるかもしれないと、僕も気になってはいたけど聞けなかったこと。敵という立場だからこそⅧは雪広に聞けているのかもしれない。
「私は…………それでも良いと思ったよ今日話を聞いて。だって、今でもお母さんのことを大事にしてるって分かったから。だから信じてる。お母さんの敵を討つのはお父さんなんだって」
雪広はⅠに全てを託すことに決めた。その決断を見てⅧも、もう聞くことをは無いというようにして背を向ける。箒に跨って飛び立つ寸前、彼女は振り返って言った。
「安心して、彼はⅣの敵を討つまでに死ぬことは無いから。私の占星術に誓ってそれは無いよ。それじゃあね」
彼女は箒に跨ると、ゆっくりと足が地面から離れて螺旋を描くようにして洞窟から飛び立っていった。カラ爺が優しく「帰ろうか」と言って自然と全員の足が洞窟の出口に向く。
家接たちが中国から帰ってしばらくしてⅠは死んだこととして魔術界に報じられた。もちろんその情報元は明かされることは無く魔狩師協会を初めとした組織では大方喜ばしいこととして受けとられる。もちろんその真偽がはっきりしていないことや死亡原因が分からないことはひっかかりを覚えることは確かだ。だがそれを抜きにしたとしてもNo.0のトップであるうちの一人がいなくなったことは大きい。
Ⅰの死亡が伝えられてから日本は彼が活動していた地域だということも囁かれることになり、数字を冠した幹部は全員活動地域が異なるのではないかという仮説も立てられるようになった。
「ということで、僕も呼び出されちゃった。あんな時期にどこにいたのか取り調べだってね」
カラ爺はそういうわけで本部の方へと向かった。雪広はといえば、ここのところは毎日お兄さんのお見舞いに行っている。マイクラストとメイニーも二人でどこかにでかけているし。じゃあ僕は何をしようかって話だけど。
携帯を見ても運び屋の情報は無い。ただただ自室の天井を仰ぎながら時間だけが過ぎていく。誰もいない部屋でぼーーっとするのも悪くは無いけどどうせなら何かをしたい。
起き上がって窓の外を見る。Ⅰは今頃あのⅣと戦って殺してしまっているのかな。それとも、負けてしまって何もできずにその命の灯火を消してしまったのかな。
考えれば考えるほど、彼は敵じゃ無かったんだろうなと思う。たとえ人道的ではないことをいくらしていたとしてもそこにあったのは雪広の母を思う気持ち。きっと僕なんかじゃ推し量れないものを抱えていたんだ。
そうやって思い耽っていると突然携帯が鳴った。誰だろうと確認するとそれは見知った相手だった。
「もしもし」
僕は電話を取って立ち上がる。




