負けそうなら、援軍を呼びましょう
カラ爺はゆるりと着物の下に手を伸ばすと、そこから札を一枚取り出して先祖返りである家接の額に貼り付けた。
すると、札を貼られた家接はまるで力をその札に吸い取られたかのようになってその場から動けなくなり、彼の体から出ていた霧や髪の色などが変化していた身体も元の状態に戻ると意識を失って倒れる。やれやれと苦笑いをしながら倒れた家接を支えて見るもさっきまでの凶暴性がそこにあるとは到底思えない。
「まったく世話が焼けるなあ、家接くんは」
そう言って彼を背負うと雪広の方に向かう。
「雪広ちゃんも、大丈夫?」
「カラ爺遅い」
「そんなぁ。これでも急いだんだよ」
頭を掻きながら眉尻を下げながら謝るカラ爺。年若い女子がやっているならまだしも白髪の初老男性がしたところで残念ながらときめきは起こらない。彼の差し出す手を握って雪広は立ち上がる。服についた汚れを叩いて落としながら思考を整理するために飴を一粒舐めた。
「それで、いったい君は誰なんだい?見知らぬ少年くん」
カラ爺は雪広を引っ張り上げるとその隣にいるもう一人の倒れかけの少年の方を覗き込む。目が合うと彼はバツが悪そうにしながらカラ爺から目を逸らしていく。
そのままこの場を去ろうとする白瀬にカラ爺は札を立てた。何も言わないまま返すつもりはないという意思表明に彼は両手をあげる。だけどなにより効果的だったのは、雪広がカラ爺の手を止めたからだった。
「待ってカラ爺。彼は敵じゃないわ。いや、敵っていう言い方も語弊があるけど少なくとも同じ職種。彼も魔狩師よ」
「へぇ、そうだったのか。これはこれは。失礼なことをしてしまったね」
慌ててあげていた札を隠してへこへこと頭を下げる老人。とは言っても背丈は青年くらいの年齢である白瀬のそれよりも大きい。それでいて和装に背筋が良くて顔も朗らかとは言えない。口調だけで拭いきれない圧迫感が白瀬を緊張させる。
「俺は、魔狩師だ。隣町の蝋火会っていえば分かるか」
「あの久佐のところの。あぁ、どうりでこの町に。それなら僕のほうが謝らないとね。ここ一帯だけは僕の管轄だから気づかないのも無理ないか」
首を傾げた白瀬にカラ爺は万札を渡した。謝礼のつもりで渡したお金だが、彼はそれを受け取らない。さすがにお金で解決するのは良くなかったかと袖に仕舞うと白瀬が指したのは地面に倒れたまま意識を失っている家接の方だ。
「カラ爺さんだっけ。一つ聞きたいんだけど、どうして運び屋を守ろうとしている? 俺たちの仕事が何か知らないはずもないだろうに」
「……もちろん。だから家接くんには期待しているところがあるんだけどね」
何を言っているんだ。どうも話が噛み合ってない。目の前の男は結局のところあの気絶しているやつの危険性について認知したうえで匿おうとしているってことなのか?結論から言えばそういうことになるわけだが、それは少なくとも白瀬には理解しがたい所業だ。
「もういい、俺は帰るよ。だけどな、一つだけ言っとくが師匠はそんなこと認めないぞ。その運び屋にたとえ魔狩師になる要素があったとしても蝋火会の総意としてそれは許さない」
「…………きっとそうだろうね」
カラ爺の覇気の無い返事を聞いて、彼は雑踏に紛れるようにして消えていった。いなくなる彼を見送ると、気絶した家接を再び抱えるながらカラ爺は雪広に声をかけた。
「そろそろ帰ろうか。もう日が暮れてしまったからね」
彼に限らずこの夕刻を過ぎれば主導権は自動的に彼ら運び屋へと移る。よっぽどの事をせずに静かに過ごしていれば人々は何事もなく夜を明かし平穏な暮らしを得ることができるのだ。そんな日々を脅かすような魔力の気配も今は感じ取ることはできない。帰って寝るのが健全だ。
「そうね。でも、私も少しだけ考え事をしてから帰りたいから先に行っててちょうだい」
「女の子が一人で夜に徘徊なんて良くない…………って言おうと思ったけど雪広ちゃんはいつでも家に帰れるからね。分かったよ、だけど十分気をつけるように」
「途中気になるけど分かったから。じゃあおやすみカラ爺」
腕を組んで顎に手を当てながら考え事をする彼女を傍目に、大通りを進んでゆっくりとその姿を小さくしていく。道を曲がって路地を抜けたところにある公園に入ると家接をベンチに寝かせる。夕暮れを過ぎて茜色が群青と混ざって黒へと近づく空の下、誰もいない公園の中でブランコを漕いだ。
「確かに今回の出来事は彼女を不安にさせたかもしれない。詳細を言わなかった僕の責任だね」
もともと放浪の身であった雪広を拾ったのは偶然だった。魔狩師として彼女は一人で生きていくことのできる才能はあっても、心を落ち着かせる場所を持ってはいない。そんな彼女を、色んな手を使ってんとか言いくるめて引き込む事に成功している。
だから、どうして僕がこんなところでせこせこと陰陽師まがいのことをしているのかを僕は彼女には一度も言ったことがない。今回の家接くんを保護する件についてもそうだ。
「彼女は文句の一つも言わずに僕のひとことを従順に受け入れてくれた」
魔狩師が運び屋を見逃す。そんなバカげた提案を彼女は了承したのだ。カラ爺にはいつか彼女に対して打ち明けなければならないことがいくつもある。そのためにも今はコツコツと計画を練っていくしかない。
「だからこそ、君には期待してるんだよ。家接くん」
ベンチに横たわる彼に慈しみを込めた視線を送る。彼の力が覚醒したことは偶然なんかじゃ無い。だからこそ僕は全力で君たちに投じるんだ。
バス停からも離れ、高架橋へと自然と足が向かう。河川敷の下になった影の中で腰を下ろすとまるで自分も暗闇に紛れてしまったようだ。自分の気持ちとは反対にこの空はまっすぐに暗くなっていく。迷いの無く晴れた空が月と共に押し寄せている。
「どうして私は彼が魔狩師の可能性があるなんて話を信じたんだろう」
別に彼を信頼していないというわけではないし、カラ爺の言葉を疑ったという訳でもない。ただ、今まで排除するべき存在として扱ってきたはずの運び屋に対してそのようなことを考えるのは普通のことじゃないと自分でも思っていた。
こんなところで考えていても悩みは晴れないままだと思い、ビルの屋上まで四方印を使って向かう。やっぱりビルの上まで来てしまうとその景色は一変する。流れる夜の空気は冷たくて眼下に広がる町は明るく喧しい、空の静けさにも気づけないくらいに。鉄柵に指をかけてまた家接のことを考える。
「明日、また聞けばいいか」
きっと今どんな答えを出したとしても、この頭のモヤモヤはきっと晴れてくれない。それならこの件は後で考えて今は体をゆっくりと休めるべきだ。考えすぎは体に良くない。カラ爺もそんな事を言っていた気がした。
「ていうかガス欠寸前なのになんで四方印使ったの?」
そうして我に返ると知らないビルの屋上に立っている自分に気がつく。冷静になった分周りがよく見えるようになったのは良いことだが、やっぱり今日は疲れているみたい。早く帰って寝よう。
外階段を使いながらゆっくりと地上へと向かう。ビルから出た頃には日も完全に沈んでいて、空には雲一つない快晴が広がっていた。明日はきっと晴れる。その時になったら納得できる答えは見つかるはず。そう思いながら雪広もまた家に帰るのだった。




