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アンハッピー・アライブ  作者: 八千夜
3章 消したい邪心、消えない純心

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その目に映るもの

 彼が魔術を使った素振りは一切なかった。それなのに雪広ちゃんの魔術を受けてここにいるということはつまり彼も空間魔術を使える、もしくは魔術を受けたように見せた。

 しかし、カラ爺は限界なうえに魔術を使ってもう本当に動けなくなった彼女を守らないといけない状況にもかかわらず、深刻な状態とは捉えていなかった。

 なぜなら今日の彼は万全に万全を期したため、潤沢なほどの札を携帯している。

「そうだ、あの子が地縛霊を見失ったみたいなんですが見ませんでしたか?なかなか姿を見せなくなってしまってこちらも困っているんですよ」

「あいにく、僕たちもその子の行方が分からないから先に狙っている方を倒そうとしていたんだよ。そうしたらこの有様。まんまと餌にかかってくれたわけだ」

 カラ爺は札を一枚地面に貼ってから雪広を抱えてその場から離脱する。相手はもちろん追いかけてくるが、地面に貼った札がそれに反応して魔術が起動する。

「そいつを放り込んで、監獄獣」

 現れたそれから蛙がその男を封じ込めようと舌を伸ばすが、体を掴まれることなくその舌を手で受け流した。そのまま監獄に触れると、掌底で跡形もなく破壊した。

「餌にかかったのはどちらなんでしょうねぇ?」

 いまだに魔力を発した動作すらない相手には余裕の笑みが張り付いて離れない。

 その笑みが見えた瞬間、空から光が彼に向かって落ちる。

「そうだよね。どっちだと思う?」

 さっきまで余裕ぶっていたカラ爺も普通にその攻撃には焦りを覚えた。あらかじめサテライトを発動させておいてよかったと安心する。

「なるほど。それは想定外でしたね」

 煙の下から現れた彼の手には刀が握られていた。斬ったのか、受け止めたのか。それは定かではないが彼の持っている刀は熱を受けて煙を上げている。余裕こそ彼の顔からは失われたものの未だに状況が拮抗しているとはいいがたく、カラ爺の言葉は半分くらいが虚勢によるものだというのがばれるのも時間の問題になってきた。ただ受け札が余るほどあるために危機に陥ることはないというだけで。

「どうやらここには少女の地縛霊はいないみたいなので手を引きたいところですが、まだやりますか?」

「別にそちらがやる気なら受けるよ」

 カラ爺は自分の両手に二枚づつ札を持って相手の出方を伺う。それを見て相手は戦うのをやめたことを示すように刀を鞘に納めた。

「ここで貴方とやり合うのは惜しい。また次の機会にしましょう。人を庇いながらでは戦いずらいでしょうから」

 そう言って彼は屋上から飛び降りるようにして消えていった。

 結局彼は一度も魔術を使ってこなかった。すぐに雪広のところへ彼は向かって彼女の状態を確認するが、しっかりと息をしていて苦しそうにもしていなかったので安心する。

「ここまでの武術、たぶん紫にも負けてないな」

 相手だというのに少し感心してしまっている自分がいるのが非常に気に食わない。前回会ったNo.0の前であれだけの大口を叩いていたのがことさらに。

 だがやるべきことはやったつもりだ。しっかりと彼の写真が撮れていたことを確認すると、すぐに彼女を抱えて地下に向かう。彼にこの写真を使って瓶を作ってもらえばこの騒動はたぶん終わらせられる。

 周りを探知して彼以上の魔力の持ち主はいなかった。スナイパーの人物と二人がかりで来ているのだろう。つまり居場所が分かるのなら対処できない脅威ではない。

「雪広ちゃん、ごめんね」

 唯一の反省しなくてはいけないことは、彼女をここまでしてしまった自分の予測の甘さだ。

 彼は人気があまりない警視庁の内部を走り続けた。


「風纏いて錬炎、刃と成す。斬り裂くは其の容、残すは其の形。穿て炎刃」

 風を纏った短剣は周りに漂っていた霧をすべて飲み込むような風を巻き起こした。互いの服や髪が揺れて彼女の持っている狙撃銃ではうまく狙いが定まらない。そしてこの状況であれば近接武器を持ってる家接の方が有利だ。

「あー、なるほどね」

 そう言って彼女は持っていた狙撃銃を置いて、彼女の手はマントの下に伸ばされる。風が収まりかけた瞬間に家接は短剣を振るう。炎を纏った刃が彼女を斬り裂こうとするが、それを躱しながら近寄ってくると手にした銃を持った左手をこちらに向けて撃つ。

 躱す時間すら与えない一撃に家接はどうしようもなくなって、とりあえず魔力で押し返す感覚を実践する。前方に無差別な炎の弾幕が相対するようにして出たために弾丸が彼の体を貫くことはなかった。

 代わりに、その無差別な攻撃は仕掛けた側の少女の左手に大きな火傷を負わせた。

「—――っ、くっそ!」

 痛みで握れなくなった短機関銃をその場に置いて距離を取る。息も絶え絶えで、自分の左手の状態を確認するがかなりの火傷を負っていて爛れていた。しかし相手はまだ戦意を失っていない。むしろ自分が痛手を負ったことに苛立ちすら覚えているようだった。

 だがそれは家接を無性に憤らせた。つまりは自分が痛めつけられるのは嫌だってことじゃないか。

 自分勝手な考えに家接はどうしようもなく腹が立った。

「お前は許さない」

「それは、こっちのセリフだよ!」

 彼女はライフルを家接の顔面向けて発射する。その攻撃を家接は風の刃で応戦した。刃は弾丸を斬り裂くと同時に威力を失ってつむじ風のように消えた。相打ちになったそれを見ると、もう一度同じことをするつもりなのか、彼女は銃口を下げない。

「収束、固定、加速。ヒット&アウェイ」

 銃口が淡く光る。同時に周りにもいくつかの小さな光が灯った。何をする気なんだ。

 家接は細心の注意を払いながら、短剣を振るうとホルスターに手をかける。

 雪広から渡されたその銃。弾丸は一発しか込められていない。

 だけど一発しかないからこそ使うのが躊躇われた。今が本当にその時なんだろうか?

 銃弾が発射される。空砲するまで彼女は残りの弾を撃った。その弾丸は普通の軌道のようで普通ではない。家接がその弾を防ごうとした瞬間、前方で軌道が逸れる。だがその時にはその弾丸の真の狙いに気づいたところで遅かった。

「まずいっ!」

 撃った弾丸は二つ。今からどうにかできる距離じゃない。弾丸は湯本さんの方に向かっていた。

「纏、空の器」

 彼女は左手で空を殴る。その衝撃で放たれた弾丸は威力を失って地面にぽとりと落ちる。すぐに彼女の苦し気な息と、閉じかけていた傷口から流れた血に声を漏らす。

「……私のことは、気にしないで」

 その中でも、彼女は僕に向かってそんな言葉を放つ。

「分かりました」

 意を決した。家接は腰のホルスターから銃を抜いて少女に向けた。

 これで彼女を葬る。引き金に指をかけてゆっくりと引いていく。もう彼女もあまり動けない、いくら銃が初めての僕でも外す距離じゃない。

「いったい、何をしているんですかねぇ?」

 どこからともなく、そんな声が聞こえてきた。咄嗟に短剣を構えていなければきっとそのまま斬られていたきがする。

「………誰?」

「それは言う必要はないかなぁ」

 僕はこれ以上何かされる前に銃の引き金を引いて短剣を両手で持つ。

「おっと、今はこの子を回収に来ただけですのであしからず」

 発射した弾丸は、彼がまるで毬で遊ぶかのようにして足でいなすと割れた窓の外からどこかに行ってしまう。そのまま彼はやけどで苦しんでいる少女を連れて、一瞬のうちに姿を消した。

 記憶に残ったのは、彼の陽気な笑顔とやけに不気味なその相貌だった。

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