カスミトシンジーノ(八)
「どうしたんですか? あれ、それ何ですか? 見せて下さいよ!」
師匠が、折り目の付いた古い紙を読んでいるのに気が付いた。
言われた師匠はまた驚いて、その紙を、折り目に沿って畳み始める。眉毛がピクピク動く。
「駄目だ。お前には見せられない。何かムカつくから、お前には見せられない」
ちょっと悔しそうに笑っている。
伸次が近づいて来る間も笑いながら、折り畳むのを止めない。あっという間に、元の大きさになってしまった。
「何ですかそれ? 良いじゃないですかぁ。俺だって手伝ったじゃないですかぁ」
伸次も笑いながら紙を指さして言う。
しかし、笑顔で首を横に振る師匠と言い争ってまで、読みたいものでも、なかったようだ。
「お前修理は、何もやってないだろぉ? あっ、ほら、雨上がったぞっ! 早く帰れっ!」
師匠が窓の外を指さす。
窓を打つメロディーは消え去り、雲の間から晴れ間が見えて来た。
「えー雨、止んじゃったんですか? せっかく傘持ってきたのにぃ」
伸次は窓から離れ、隅に置いていた黒い傘を、ひょいと取り出す。
「なんだ? お前、雨宿り、してたんじゃないのか?」
伸次の行動が、矛盾しているように思えて、師匠は笑った。
「さっきのは降りすぎですよ。でも、こんな止んじゃったら、香澄ちゃん、誘えないじゃないですかぁ」
「知るか!」
師匠は笑って叫んだ。
「あはは。お先でーす」
伸次は傘を手の平に直立させて、バランスを取りつつ作業場を出て行く。階段を『タッタタン』と降りて行く音が、聞こえて来た。
師匠は孫を『あんな奴』に取られるのかと思って、ちょっと拗ねた。まぁ、悪い奴じゃない。
不意に師匠は、婆さんが息子夫婦に頼まれた孫の名前を『香澄』にしようと、提案したのを思い出した。
なんだ、もしかして、判っていなかったのは、『俺だけ』なのかと思い、一人笑った。
大きく息を吸って、椅子に座る。そして、折り畳まれた古い交換日記の一枚を眺め、笑顔で隠し部屋に戻す。
机上の二本の鍵を一本づつ両方の手に持った。
一見同じ型の鍵に見えて、それは左右非対称の鍵だった。
そっと近付けて背合わせにすると、ぴったりと一つになり、ハートのマークが現れる。
師匠は微笑んで頷き、これも隠し部屋に戻した。そして、底板を上から被せる。




