カスミトシンジーノ(三)
伸次は師匠の方を見た。師匠は頷いただけで、再びオルゴールを触っている。まだおかしい所があるようだ。伸次はその先を読む。
「メディアへの初登場は、国際放送の『ピアノの妖精といっしょに』で『コイシー星からやってきたピアノの妖精』役として仮面を付け登場した。何ですかこれ? これもある意味、凄いですけど」
「それは俺も知らん! そういう凄いじゃないよぉ!」
伸次も笑っているが、伸次の方を向いた師匠も、笑っているではないか。
「笑わせないで、続き読んでくれよー」
「はい。『英語、フランス語、ドイツ語に対応し、え、凄いな。
各国の子供達にピアノを教えたり、一緒に弾いた。番組最終回で『既婚』であることをカミングアウト。
仮面を取り、素顔を見せてピアノを弾いた。
その時、ほどいた髪が床まで伸びていたことから、「ノデラースタイル」と流行になり、以後シャンプーのCM等、様々なメディアに取り上げられた。
演目はクラッシックからジャズ、ポピュラーミュージック等、多岐に渡る。オーケストラとの共演をはじめ、様々なイベント、コンサートに出演した。
長年に渡って注力したのは、子供達との触れ合いコンサートで「ピアノの妖精」のイメージを壊さないように、全てのプライベートが隠された』へー、凄いなぁ」
師匠も知らない情報が、あったようである。
「その人の遺品なんだってさー」
「へー。凄く奇麗な人だったんですね」
伸次が画像を大きくして、師匠に見せる。
「あー、もう何十年も前だけどね。それは、俺が子供の頃だよ」
「そうなんですか。で、何でそんな凄い人のオルゴールが、家に?」
「いや、小石川何とか館って近所らしくてなぁ。没後十周年の記念行事で、直して欲しいって、館長さんからお願いされてねぇ」
「そうじゃなくて、何で、受けたんですか?」
「あぁ、理由の方? その人さぁ『カスミトシンジーノ』っていうピアノ教本出してたんだけど、そのピアノ教本のお陰で、俺は婆さんと出会ったんだ」
それを聞いた伸次は、再びタブレットを見て、記載の続きを読む。
「これかな。『後年になって「集まれ天才少年少女達・ノデラーが贈るピアノ教本・カスミトシンジーノ」を発行した。
日本語版は小石川音楽記念館が刊行している』って、何ですか? この名前。『伸次の』みたいな」
師匠は、伸次の方を見て『フッ』と吹き出す。そして『哀れな奴』を見る目で、伸次に言う。
「馬鹿『シンジノ』じゃねーよ。ジにアクセントの『シンジーノ』だよ。もう。これだから素人はー」
両手をあげて呆れると、再びオルゴールの方に向く。もうオルゴールは止まっていた。壊れてしまった訳ではない。




