オープンカフェ(十)
考えている真衣を横目に、香澄は『当時を思い出す』かのように遠い目になると、微かに頷きながら語り出す。
「あぁ、交換日記のルール第三条『日記は必ず受け取る』よ。
ちゃんと『気持ちと理由』を書いてぇ、
真治さんの『自宅』に持って行ってぇ、
泣きながら、『お父様』に渡したのよぉ」
優しくて、良いお父様だったワー」
それを聞いた真衣の顔が、口をパカンと開けた『驚愕』の顔に変化している。
それでも香澄は、ちょっと『不思議なこと』を思い出したのだろうか。首を傾げて続きを語る。
「出て来た真治さん、何かボロボロだったけど」
真衣は『ブッ』と噴いて、その口を拭きながら言う。
「何そのルール。何と言う保険。
もう、最初からあんたを手放すつもり何て、絶・対・ないじゃん。
もう、そう言う所は抜け目ないワー」
苦笑いしながら、腕を振っている。香澄も頷いた。
「そうねぇ。最初で最後の発動だったわー」
すると真衣も遠い目になって、昔を語り出す。
「まぁ、あの頃の辛かったことなんてさ、大人になってから思い返すと、ホント、何でもないことだわー」
「だよねー。骨折したのも、良い思い出だわ。右手だったら、真治さんがごはん食べさせてくれたかもしれないわー」
ニヤつく香澄を見て、急に真衣の機嫌が悪くなった。
「この女はー。ホントむかつくわー。
ポジティブ澄ちゃんだわ。
真ちゃんの『第二ボタン横取り』してやって、
本・当・に良かったわー」
腕を強く振りながら、香澄に言い放つ。
「そうだ、それ、思い出してもむかつくわー。
あんた横から『とっとろピーのー』じゃないわよ。
返しなさいよぉ。前から『約束』してたんだからね!」
言われた香澄も、何やら言い返している。
本当に二人は仲良しなのか、そうではないのか。判らなくなる。
話はヒートアップしてくるばかりだ。
「そんなの、知ったこっちゃないわよ。
でも、どうせ事前に新品に交換していたんでしょ?
お見通しなんだから!」
「新品と交換なんてしてないわよ!
第三ボタンと、入れ替えておいただけよ!」
「ほら、やっぱそうじゃん! 今明かされる真実じゃん!」
「べーだ。そう簡単に渡す訳ないでしょ!」
「はぁ。まぁ良いわ。
私の中では『第二ボタン』だから、それで良しとするわぁ」
おや? 急に二人共笑顔になって、仲良しに戻った?
すると今度は、言語まで『英語』に戻ってきたようだ。
「まぁ、お互いにウィンウィンということで。握手しよっ」
「ん? 仲直りー、なっかなおりー。
なんか違う気もするけど。まぁ全部許すわ。結婚おめでとうね」
「ありがとう。ねぇ、本当に式に出られないの?
何だったら『生中継』してあげようか?」
「あんた、生中継するのに、幾らお金がかかると思ってるの!
こちとら芸能界長いんだから、それ位判りますからね?」
「そうなんだー。ホント残念だわー。じゃぁ写真だけにしとくか」
相変わらずの香澄に、真衣が心配して慌てる構図は変わらないようだ。右手をブンブン振って、何か言っている。
「いや、このご時世、ビデオ位あるでしょ? それにしなさいよ」
「あー。そう言えばそうね。ベータ? VHS? どっちー?」
「何それ、そんなの知らないわ。こんくらいのよ」
「そんくらいのね。じゃぁ、今度、真治さんに聞いとくわ」
すると突然、真衣が頭を抱えてしまった。
「あー、それダメな奴だわ。絶対ダメな奴だわ。
もう『八ミリフィルム』が送られてくるの、確定だわー」
「あはは。そうかもね。あ、時間大丈夫?」
だいぶ夢中で『おしゃべり』してしまったようだ。香澄が左手首をトントンやったが、そこに時計はない。
それでも真衣には『意味』が通じたようだ。パッと立ち上がった。
「あ、そうだ、本題すら忘れてた」
帰りかけて、おでこをパチンとやって止まる。
何やら思い出したようだ。右手をヒュッと香澄にさして聞く。
「あんた、テレビ番組でピアニスト募集してるんだけど、出る?」
「え、何それ。良いの?」
言われた香澄の目が、ピコンと丸くなって笑顔になった。
それを見て安心したのか。真衣も笑顔になって頷く。
「うん。中々『応募者』がいなくてさぁ。でも、あんたならもう『ピッタリだから』と思ってさっ」
「へー。良いよ。真治さんにも言っとく」
二人は約束を交わしたようだが、真衣は既に『関係者』に手を回していたらしい。軽く頷いて右手をあげた。
「あー、真ちゃんには連絡済。細かいこと説明しといたから」
そう言ったかと思ったら、苦笑いになって、再び香澄に『説教』を始める。
「あんたさー、時間だけ決めて、
家に迎えに来てくれるスタイルが通じるの、
真ちゃんだけだからね?
社会人になったら、もうちょっと考えなさいよ?」
「そうなの? 真治さんとお出かけして、
遅刻したことなんてないわよ?」
香澄はやっぱり『ポカン』とした顔だ。真衣は『そうだよねぇ』と思ったのか、口をへの字にして首を竦める。
すると、また一つ『苦情』を思い出したようだ。
「いやいやいや。あーそうだ。
頼むから、結婚したら真ちゃんにも『携帯』持たせてね。
今時『ポケベル』とかないわー。
折り返しで電話来たけど『俺』で切れちゃって、まじうけた」
「それ、絶対公衆電話から十円玉だよ」
「もうね。テレカ位持たせてあげて。でも、携帯にかけたら、びっくりして死んじゃうかもしれないけどー」
一体、誰のことを噂しているのだろうか。二人共『今日一番』の笑顔になったではないか。
「あはは。それは困るわー。あ、ここ払っとくー。じゃぁまたねー」
「ありがとう。ごちそうさま。じゃあねー。またねー。おめでとうねー。幸せになれよー」
「ありがとー。お互いにねー」
「うん。お互いにねー」
香澄は、真衣が見えなくなるまで手を振り、親友を見送った。すると、それと入れ替わるように『男』が現れる。
香澄のテーブルに近付き、黙って『伝票』をピッと取り上げると、苦笑いでレジへ向かう。どうやら『いつものこと』のようだ。
香澄は『真治』の右腕に絡みついて、嬉しそうに店を後にした。




