オープンカフェ(九)
ドイツ語で、楽しそうに話す二人の会話に、もう耳を傾ける『観客』はいない。
真衣が続きを話す。
「破れた音楽ノートの替わりに、『真ちゃんの奴』をくれたのよ。
一ページ目に『有難いお言葉』があって、
二ページ目からは、私のために作ってくれた曲が続いているのよ」
得意満面とは、この表情のことだろう。思わず香澄が聞く。
「何それ。羨ましい。『有難いお言葉』って、どんなのよ」
「そんなの秘密よ『音楽の神様』のお告げよ。
それに『音楽ノートの曲』は、全部『トリガー』だからね。
作曲は、ちょっとづつ進むから、題名とか勝手に決めたら、
ダメだからね?」
再び真衣から『忠告』とも『意外な真実』とも採れる言葉が飛び出したから、だろうか。
香澄は目を丸くして、前のめりになる。
「え、さらさらっと作るんじゃないの?」
「あんた、映画『アマデウス』の見過ぎなんじゃないのぉ?」
まるで『こいつ判ってないなぁ』という感じで、呆れ顔の真衣が椅子にそっくり返ると、右手を振っている。
「モーツァルトじゃあるまいし、そんな簡単に、
スラスラできる訳ないじゃない! 努力の結晶なのよ?
あー、あんた、やーっちゃったね?
真ちゃんの引き出し、無理やりこじ開けちゃったんじゃない?」
パッと前に出て来て、元から前に出ていた香澄と、顔が近くなる。
そのまま両者の『にらみ合い』が続いている。
「し、してない、してない」
パッと香澄が反り返りながら、手を横に振り始めた。
それを見て、真衣が後ろにそっくり返った。
「あー、やっぱりやっちゃってるわー。だめだこりゃー。もー。
良い? ピアノだって他の曲、リクエストしちゃダメだからね?
これは、守りなさいよ」
再び『忠告』でもするかのように、腕を振っている。
何とか『逃れた』と思ったのか、代わった話題に追従する。
「それよ。いやー、知らなかったわー、騙されてたわー。
聞かなかったけどー。『一曲だけ』かと思ってたわー。
あー、もう、今度問い詰めないとー」
しかし、やっぱり香澄には『忠告』は効かないようだ。
むしろ真衣の方が、慌て始める。
一体二人は、何を話しているのやら。
「こらこらこら。だからだめだって。あーもう。
問い詰めちゃだめだってぇ。
全部『耳コピー』で覚えたからハ長調でさー、
原曲のキーと違うから、恥ずかしいんだって。
原曲通り弾けるのは『愛のオルゴール』だけなんだからさー」
何度も頷きながら説明をしている。その説明に、香澄も一応『納得』したようだ。でも、破るんだろうね。何となく判るよ。
「へー。何だそうなんだ。別に良いのにね。
弾けることには、変らないのに。あぁ、だとしたらさぁ、
何で『愛のオルゴール』だけ『原曲通り』弾けるの?」
香澄の質問に、今度は真衣がオドオドし始めた。何だぁ?
目を逸らしながら、ゆっくりと答え始める。
「え? そりゃー、あんた、えーっとね。
なんか? 私が貰った楽譜を? 真ちゃんが代わりに?
練習していたから、みたいな?」
かわいく言ってもダメだ。とばかりに、今度は香澄が手を合わせると天を仰ぐ。そして、神への祈りを捧げる。
「神様、この女にもっと辛い試練をお与え下さい。最・低・です」
真衣は『ヤメロ』とでも言いたげに手を振っている。その態度は『神なんか信じねぇよ』とでも言いたげだ。
香澄も苦笑いで、神への『お告げ』を止めた。
「もう試練は良いよー。勘弁してよー。そう言えば、
お別れ会であんた『浮気じゃないからー』
なんて叫びながら、泣いて飛んで行ったけど、
あれはドン引きだったワー。
そんで、なーんで直ぐ、あの後、仲直りできたの?
それも謎だわ」




