オープンカフェ(六)
「それ、役所の人にも言われたわー。結構食い下がったんだけど、ダメだったわー。でも、だったらさ、法律にちゃんと『両方が』って書いておいて欲しいわー。判り辛いわー」
真衣の『忠告』は、香澄の何処にも刺さらなかったようだ。
スルリスルリとすり抜けて、真衣は両手で頭を抱える。
「はいはい。それはあんたが馬鹿なだけ。
もうね。『藤門会』で小野寺家が吊し上げにあって
『付き合いを止めさせろ』とか、大変だったんだから」
今度は『ポツリポツリ』と言って、当時を思い出しているようだ。
「え、なに『藤門会』て?」
「あー、あんたは知らないか。小野寺家の親戚の集まりよ。そこで許婚を決めるのよ」
「へー。そうなんだ。真治さんにもまだ許婚いたの?」
二人は椅子の背もたれに、寄り掛かった。
「何言ってんの。いたわよ。
まぁ、あんたには言わないだろうけど、
真ちゃんがコンクール出られなかったのだって、
あー、これナイショだ。ごめん忘れて」
話の途中で、急に真衣が香澄から目を逸らし、腕を振り始める。
「え? ちょと聞かせなさいよ。ナイショを忘れなさいよ。真治さんには黙っておくから」
急にヒソヒソ声になって、辺りを見渡す。
大丈夫。あんた達二人の会話は、オープンカフェの誰も理解していません。
「えー、絶対だからね。
しゃべったら、あんたの『恥ずかしいこと』、
全部テレビの前で暴露するからねっ」
「判ったから。わーかったから」
用心しているからだろうか。小さい声で話している。
それより『二人の言語』が、また別の言語に変わったようだ。
「絶対だからね。実はね、真ちゃんね、華道の大会に行ってたのよ」
「え? 華道ってお花の?」
「そうだよ。三歳から私がピアノ、真ちゃんはお花習ってた」
ヒソヒソ話すその言葉は、どうやら『ドイツ語』のようだ。
「えー、一度も話してくれたことないわー」
でかい声。香澄にとって、それは『驚愕の事実』であったらしい。
それではまるで『結婚も中止』の勢いだ。
「そりゃー、言う訳ないじゃない!
思春期の男の子が『着物着て華道やってます』なんてさぁ」
「本格的ー、すごいじゃん」
おや? そうではなく、普通に『凄いこと』だったようだ。
真衣が頷きながら、両手を広げ、如何に『誰かが凄いのか』を話始める。
「そう。『藤門会』の総本家、
六代目『やえむどん』に見込まれて、
小さい頃から、もう、みっちり修行受けてたんだから。
そうそう、大会に行くって言っても、選手じゃないからね。
『師範の模範演技』だからね? 判る?
だから、絶対外せなかったんだから」
「いや、ちょっと、何ですって? 今『やえむどん』って言った?
なんか、それが気になって、その後聞いてなかった。ごめん」
観客達も不思議に思っていた。『やえむどん』が何なのか。
そもそも、そこだけ何故に、多分『日本語』なのか。
「あんたって人はー。もう良いわぁ。
総本家の永島家と小川家が交代で『やえむどん』を
襲名するんだよ」
「へー。今時、珍しいね」
「あんた、その六代目『やえむどん』の仲裁がなかったら、
真ちゃんと付き合えてないんだからね? 判ってる?」
「なんか、良く判らないけど、会ったらお礼言っとくわ」
両方とも口を尖がらせていて、首も曲げてお互いを見つめ合っている。どうやら『三件落着』したようだ。
それでもドイツ語では、誰もその内容が判らない。




