それから(十二)
調子に乗った二人は『スコア』の如く、一ページ十段に『別々のメロディー』を重ねて行った。
それはたった四ページ一六小節の曲であったが、全員が別々のメロディーを奏でるはずの、曲となった。
真治は正に七転八倒して、メロディーを叩きだしたのだ。
香澄はそれを十枚の楽譜にして部活の練習に持って行き、休憩時間になるとクラリネットの仲間達に一枚づつ渡し、演奏を試みた。
真治が指揮をして曲が始まると、それはとても酷いものだった。全員で笑った。やはり無理は良くなかった。
試しに半分の五人で演奏すると、それは美しいメロディーになった。みんなで手を叩き合って喜んだ。
香澄と真治は互いの右手をパチンとやって、喜んだ。
そこに、トイレから帰って来た村田が現れ、不思議なメロディーを聞いて、ふらりと教室に入って来た。
香澄は十枚の楽譜を見せ『五枚までは上手く行った』と伝えると、村田は面白がってそれを覗き込み、手に持っていた赤ペンでちょいちょいと修正して返した。
クラリネットの一同はそれを受け取ると、もう一度演奏してみた。
複雑に絡み合う旋律は、奏者も目を丸くし、それはそれは不思議な、もう奇跡と言っても良いメロディーになって、教室に響く。
演奏が終わると、一同は真治に向かって惜しみない拍手を送った。
真治は村田に深々と頭を下げ『ありがとうございます』と言った。
村田も最初は『いや、大したことないよ。でも凄いな』と褒めていたのだが、真治が『いやいや、凄くないですよ。ほぼ徹夜で、二週間もかかりましたから』と告げると『勉強しろ!』と笑いながら怒り出し、真治にヘッドロックを決めた後、楽譜を没収して行った。
それから真治は、卒業まで『作曲禁止』になった。
卒業式の一週間前、最後の全校朝礼で離任する教員の名前が発表された。その中に、合唱部顧問白鳥の名前があった。
合唱部の部員達は、泣いていた。
花束を渡すために現れたのは、来年度から音楽教科主任になる村田だった。ステージ中央に立つ白鳥に花束を渡すと、拍手の中、生徒の方に向くと、右手を『ステージ袖にあるピアノ』に向かって、振り始めた。
全校生徒は『その前奏』に聞き覚えがあった。
にっこり笑って指揮をする村田が、歌い出しで強く両手を振り下ろすと『ハレルヤ!』の大合唱が始まった。
村田はしばらく指揮をしていたが、目で白鳥に合図を送り、手に持った花束を半ば奪い取るように預かると、意図を理解した白鳥は、涙も拭けぬまま指揮を引き継ぐ。
そして、最後まで演奏が終わり、両の手をほぼ万歳に近い状態で広げて歌い終わると、全校生徒から惜しみない拍手が送られる。
再び花束を持たされて、白鳥が『お礼』を言ったかもしれないが、それは、鳴り止まぬ『より大きな拍手』によって全て掻き消された。
全校生徒の退場が始まったが、合唱部だけが退場する人の波を掻き分け、白鳥の周りに集まって泣いていた。
多分、野球部だったら『監督の胴上げ』をする所なのかもしれないが、傍目にもそれは無理と判った。
その日は、吹奏楽部でもお別れ会があった。
二月も中旬から三年生は既に登校しておらず、今日が卒業式前最後の登校だったのだ。
三年生全員がいなくなり、残る一、二年生も半分が新しい学校に通うことが決まっていた。
真治も香澄も、そして真衣もこの学校を去る。
今日で、この音楽室ともお別れである。部員全員で合奏が行われ、笑って解団となった。
後片付けが終わった音楽室では、教壇にあるピアノの周りにピアニストが集まって、交代でピアノを弾いていた。
日はまだ高いし、まだ『音楽室にいたかった』のもあるだろう。




