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それから(十)

 三年になった真治は、トランペットを真衣に譲ろうとしたが、最初は真衣に拒否された。

 仕方なく二人は何度も話し合って、『交換する』ことで決着したのだが、それでも真衣は、なかなか交換に応じなかった。


 真衣は、自分が吹いていたトランペットを、本当は『誰が買ってくれたのか』を、知っていた。


 何故なら、買ったばかりのトランペットを、真治に見せびらかす前に、真治が『どんなトランペットなのか』を知っていて、真治が使っている掃除用品を、真衣のトランペットには『絶・対・使ってはいけない』と、きつく、きつく注意をしたからだ。


 それでも、最後は真治の『お祝いとしてあげる』の言葉を受け、交換に応じる決心をした。


 真衣だって『真治のトランペット』を、聞きたかったからだ。



 夏休みの練習が始まった日、音楽室の隅っこで『こそこそ交換』しようとした真治を、真衣はトランペットの仲間達の前に、引きずり出した。そこで、即席の『トランペット交換式』を挙行したのだ。


 仰々しくトランペットを交換する二人。訳も判らず足を止め、見守る仲間達。音楽室は全ての部員が見守る中、静かになった。


 真治から受け取ったトランペットを構えた真衣は、みんなの前でにっこり笑って言ったのだ。


『お父さんの遺品を託してくれてありがとう。お兄ちゃん!』


 そこで驚きの声が挙がった。そして思いっきり息を吸うと、兄譲りの爆音を出すと見せかけて、そっと吹いて皆を笑わせた。


 次に足元にある『マイトランペット』をケースから出すと、変に色っぽく真治に差し出した。


『これ、やっすい奴だけど。私の初めて、あ・げ・る』


 また皆が笑っている中、真治にマイトランペットを渡す。

 音楽室に『ヒューヒュー』とか『犯罪者』とか、そういう声が飛び交っていた。

 受け取った真治が、両手でマイトランペットを構え、それを見つめながら神妙な顔つきになった所で、真衣は両足を広げ、肘を曲げた両手を震わせながら、天井を向く。

 そして、鳴りやまぬやじの中、大声で言い放った。


『私の為に買ってくれて、ありがとう! 楽しかったよ!』


 笑っていたみんなが一斉に真治を見て『おー』とか『優しい』とか言うと、真治は『馬鹿それを言うな』という顔をする。

 照れ臭くなって『大きく息を吸う』と、こっちが『本家』とばかりに爆音を響かせる。

 直前に、真衣が上にあげた両手を耳にあて『耳を塞げ!』と叫んだので、鼓膜を破かれた者はいなかった。


 真治は三十秒間だけ、音楽室の真ん中で、今まで積み上げた技術の全てを『マイトランペット』に注ぎ込み、アドリブを吹いた。


『安いのでも、結構良い音するじゃん』

『魂だよ』


 真治は真衣に『短く』答えてにっこりと笑い、マイトランペットを持って、音楽室を出る。

 トランペット交換式を終えた真衣は、席に着く。


 これから、選ばれし三十五名のコンクール練習が始まるからだ。


 村田は耳も塞がず二人の様子を暖かく見守っていたが、区切りのついた所で立ち上がると、笑顔から真剣な顔に変わる。


 今年の夏が、始まったのだ。

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