それから(九)
体育館には、千五百名の男女がクラス毎に一列づつ並んでいた。
立ち位置まで混声であったが、それを気にする者はいない。
すざましい『ハレルヤ』の大合唱が炸裂し、白鳥の顔つきがたちまち歓喜に満ちた顔に変わったのが判る。
とにかく大きな体で、大きく指揮をする白鳥を見ながら、全員が練習した通り、暗譜したハレルヤコーラスを歌う。
どこから沸き上がるのか、男女のメロディーが渦のように絡み合い、屋根を吹き飛ばしてもおかしくない渦となって、体育館全体を揺らしていた。
カーテンの向こうにある窓ガラスが、『ビリビリ』していたに、違いない。
最後のハレルヤを歌い切った時、白鳥はほぼ万歳をしているかのようだった。体育館を揺らした千五百人の歌声は、しばらく行き場を失って渦巻いた。
その余韻が消えた時、白鳥が『素晴らしい! ありがとう!』と何度も言いながら、一人で拍手をしていた。
生徒で拍手をする者はいない。実に静かだった。
演奏会ではないからだ。しかしそれは、まるで『まだ余韻に浸っている』ようでもあった。
真治も『幸せな疲労感』に包まれていた。きっと笑顔に違いない。それほど『素晴らしい出来事』だったのだ。
しかし『その瞬間』とは、今までは『長い前振り』であって、真治の『一番記憶に残っていること』ではない。
それは、時間的に、もうちょっと後のことだ。
朝礼が終わって教室へ戻るのに、教員が体育館の重たい鉄の扉を開けた。光が差して、新鮮な空気が入って来る。
生徒達は、名残惜しそうに体育館を後にし始めた。真治のクラスも男子から退場して行く。回れ右をして、真治も後に続いた。
だいぶ蒸している体育館を出ると、新鮮な空気と明るい光を浴びて陽気になったのだろう。
前を歩く男子二人が肩を組み、組んでいない方の手を頭上で躍らせている。
『キングオブキングス! アンド・ロードオブロード!』
ハレルヤコーラスを歌い始めたのだ。
周りの男子がそれを見て笑っているが、歌を止める様子はない。
やがて、朝礼の為にしかれた木のスノコの上を『ダン』『ダン』と調子を取りつつ踏みつけ、下駄箱から校舎の中に入るまで男子パートのワンフレーズを歌い続ける。
そして、笑いながら廊下を走って行った。
その二人は、音楽の授業の時に、まともに歌ったことがない。
真治はその時初めて、音楽の素晴らしさを感じ、『ハレルヤ』と思った。人は、音楽で変わるのだ。




