表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
143/272

花火の夜(十)

 左手の助走から始まった調べは、やがてカチカチと動く歯車から打ち出される『小さな機械音』を真似て、右手に引き継がれて行く。

 いつもならキンキン鳴る高音も、ベヒシュタインのやさしい音色で響く。本当に素晴らしい音色だ。


 三人の聴衆はにこやかな顔をして真治のピアノを見守っていた。

 確かに、真治が心配することなど、何もなかったに違いない。


 そこには、演奏家と観客が共有する『幸せの時間』が流れている。



 真治はピアノで『オルゴール』を表現していた。

 二つの楽器は『金属音による音色』としては一緒であるが、オルゴールは弾き始めたら、ぜんまいが止まるまで『同じメロディー』を奏で続ける。真治が、パッと香澄の方を見た。


「すいません。これ終わり方、忘れてしまいまして」


 その間も『オルゴール』は止まらない。

「おや、それは大変!」

 圭太が言った。苦笑いである。


「じゃぁ、素敵なピアノを聞きながら、お寿司、頂きましょうか」

 笑いながら恵子は席を立ち、台所へ向かう。


 香澄だけは何も言わず、笑顔のままピアノを聴いていた。


 実に、何年振りだろうか。

 真治のピアノを初めて聴いた『あの日のこと』を思い出す。

 これから、楽しみにしていた花火だと言うのに、あの日に帰りたいとさえ、思ってしまう。

 帰れたならば、きっと今度は。


 真治はぜんまいが止まるように、ゆっくりと演奏を止めた。

 拍手をしていたのは香澄だけだったが、真治にはそれで充分だ。


 香澄に深々とお辞儀をすると、恵子と圭太は『本当に演奏中に食べよう』としていたのか、ちらし寿司をテーブルに置いて、遅れて拍手をする。

 真治は一度上げた頭を、笑いを堪えながら再び二人にも下げる。

 そして、ピアノに振り返ると蓋をして、ピアノに一礼した。


「今、お茶淹れますからね。どうぞ座って下さい」

 恵子が真治に、笑顔で案内した。真治はテーブルを見て、もう少し時間があると思って言う。


「あ、すいません。お手洗いお借りします」「私もっ!」

 すると、香澄も立ち上がる。

 真治が驚いて『お先にどうぞ』と手で合図すると、香澄は『二階に行く』と言うかのように、指で上を指した。

 あぁ、この家、でかいもんね。

 キッチンに向かっていた、恵子が振り返る。


「どうぞー。香澄さん、大丈夫?」「うん」

 恵子に促されて、二人は動き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ