花火の夜(八)
「ははは。家とは正反対だね。ところでピアノは?」
圭太は親の顔から『音楽好きの顔』になった。
その顔を見た真治は『ピアノ好きの顔』になった。
「ピアノですか。やっぱり『カーメン・キャバレロ』ですねぇ。左利き説、私は『本当』だと思いますっ」
まぁた早口になっている。圭太は『コイツ判りやすい奴だなぁ』と思った。でも、ちょっと『質問の意図』を読めていない。
「そっち? いや『ピアノ曲』の方ね?」
圭太は笑いながら聞き直した。真治も頭に手をやって笑った。
「失礼しました。『ピアノ曲』ですか」
互いに『うんうん』と頷く。
「この間、香澄さんにリクエストした『子犬のワルツ』とか『月光』『ラジオ体操第一』。それに、『荒野のバラ』とかー」
圭太は吹き出しそうになった。顎を引き、上目遣いに真治を見る。
「色々だねー」「そうですねぇ」
にっこり笑って相槌する真治に、圭太が直ぐに質問する。
「ピアノ、何か弾けるの?」
好きな『ピアノ曲』の中から、一曲位弾けるのかと思うのは当然だろう。特に『荒野のバラ』は、小学生でも弾く。
「いやいや、プロフェッショナルな皆さんの前で『披露』できる程の腕前でもないですしぃ、全然弾いていませんしぃ」
真治は真顔で両手を横に振り、遠慮した。圭太は笑う。
『ラジオ体操第一』って言われたらどうしよう。と思っていたのだ。
家族三人が、香澄を中心に横並びとなって、笑顔で体操をする。
それも悪くはないが、一体、何年振りだろうか。
思い浮かべた『家族映像』を振り払う。
まぁ、真治は『ピアノが好きなだけ』かと、理解した。でも、娘を泣かせたクラリネットがダメなら、今そこにあるピアノで『ポロロン』と、何か聴いてみたいと思うのは、いけないことか?
だから、もう一度聞いてみる。
「そういうのね、遠慮することないよ。『気持ち』だから」
圭太は生暖かい目で、真治に言った。
言われた真治は『なるほど』と思う。確かに気持ちは大切だ。でも、だとしたら。この状況では、なおさらに弾けないではないか。
うん。無理だ。絶対に、弾けない。俺はあの時、決めたんだ。
真治の顔が段々と真剣になっていく。それが圭太には判った。だから、何かしらの返事があるのではないかと、期待し始める。
気が付かず、前のめりになっていた。
真治は姿勢を正し、真顔で堂々と圭太に宣言する。
「私、好きな人の為にしか、弾きませんから」
渋い声。圭太がポカンとした顔になった。そして直ぐに笑いだす。
「ははは。言うねー。判った判った」
笑いながら圭太は立ち上がった。愉快な奴だ。そう思いながら、ゆっくりと歩いて電話の前に立ち、受話器を取る。
「あぁ、恵子さん? 香澄の着替え、終わったぁ?」
ちらっと圭太は真治を見た。ありゃ。『ピアノを弾かなくて済んだ』と、安心しているようだ。
「うん、そう。じゃぁ、いやいや、覗かないって」
一瞬渋い顔になって、真顔に戻る。
「あのね、真治君が、『香澄がいないとピアノを弾かない』って言ってるんで。そうそう、香澄は? あれ? 切れた」
にやっと圭太が笑ったのを真治は見た。そして受話器を置く。
『ドーン』
何だか凄い音がした。受話器で? そんな馬鹿なっ!
しかしそれは『二階のドアが開いた音』と、シンクロしただけだった。その後、直ぐに階段を『ダダダァ』と、降りて来る音が聞こえて来て、廊下を走る足音になり、どんどん近づいて来る。
「ちょっと、香澄!、スリッパ履いてー。もーっ」
恵子の声がやけに大きいと思ったら、それはリビングのドアが『バーン』と、開いたからだった。
圭太は『見たこともない香澄』に驚いた。
真治は『やってくれたよ』と思いながら、黙ってお茶に手を伸ばす。それはもう『激戦の後』のように、だいぶ温くなっていた。




