花火の夜(五)
「特別なことは、してないんですけど」
真治は一応、そう前置きする。
「楽器をお借りして、リードの締め具合変えたり、マウスピースの咥え方、口の大きさ、漏れ具合等々を調整しまして」
見えないクラリネットを両手で表現し、説明をする。
「それで『一曲』吹いただけなんですけど」
当時を思い出す犯人のように、真治は答えた。
なるほど納得。しかし圭太には、確かに『普通』のことだった。
「クラリネット、吹いたことあるの?」
だからこそ、圭太は腕組みをして考えている。
毎晩香澄に聞かせていた演奏と『泣く程の演奏』の違いとは。
「いえ、その時が初めてです」
『うぞっ』無音のまま、腕組みをしていた圭太の顔が一瞬で変わる。
それを見た真治が、慌てて付け加える。
「サックスなら何度か吹いたことがあります。男子と楽器交換で」
圭太は一応頷いたが、それは『数の内』に入っていないようだ。
「そうなんだ。どんな風に演奏したの? 是非演奏して欲しいよ」
圭太は両手でリビング中央を差し『こちらでどうぞ』な雰囲気を醸し出し、ソファーに寄りかかってリクエストした。
『聞いてやるぞ。何なら家の楽団でスカウトしてもいい』
そんな感じだろうか。笑っているが、目が真剣だ。
「いやいや、それは勘弁して下さい」
真治は右手を明確に左右に振ってお願いする。しかし、圭太の表情は変わらない。むしろ、口角だけが上に上がって行く。
すると真治は、両手を合わせてお願いを始める。
「ただ、『ニニ・ロッソ』と『シル・オースチン』と『ポールモーリア』と『グレンミラー』と『グリーンスリーブス』と『ダニーボーイ』を足して、二で割っただけなんですからっ」
真治が一気に説明すると、また沈黙が訪れた。
圭太は空を見て、何か考えている。眉毛をピクつかせながら。
真治が『もう一度説明が必要か?』と思っていると、ゆっくりとこちらを向いて、真治に確認を求める。
「それ、二で割っても、一、だいぶ超えてない?」
言われた真治はハッとした顔になる。
「あ、そうですね。ちょっと混ぜ過ぎましたね」
確かに『奏者二名』と『作曲家二名』と『作品二曲』を混ぜてしまった。カッコで括って各々二で割ったと説明しないといかん。
しかし圭太は別のことを思っていた。
幾ら混ぜても良いのだ。二で割るな二で。
「君、計算苦手なんじゃない?」
こいつ大丈夫かと思って、圭太は苦笑いした。真治は頭を掻く。
「いつも『原価計算できてない!』って、怒られています」
今日も『お刺身の盛り合わせ』で『超お得な一品』を生み出してしまい、怒られたばかりだ。まるで神。現場を見ていたかのようだ。
「そっちの計算じゃなくて、いや、一応、良いのかぁ?」
圭太も、訳が判らなくなってきた。
仕方なく二人は、真剣な目のまま『乾いた笑い』をした。
うん。どうやら、だいぶ打ち解けて来たようだ。
「所で『クラリネット奏者』が、入っていないみたいだけど?」
圭太はにっこり笑った。
真治は『しまった』と思いながら、直ぐに答える。
「あー、すいません。さっきの二項式として『ベニー・グッドマン』と『ジョージ・ルイス』も加えてください」
まだ加えるのかっ! 圭太は吹き出した。しかも、どう加えれば良いのかは、真治にしか判らないではないか。困って聞いてみる。
「有名所が出て来たね。更にプラス? それともマイナス?」
「全体を二乗してからプラスで。ジャズクラリネットも好きでして」
意味が判らん。一体『何に』気を使っているのやら。
「そうなんだ。ジャズから入ってるんだね」
圭太は頷いた。真治は汗を拭き、頷きながらニコニコしている。
圭太は思い出す。そうねぇ。『ジャズ系の演奏』を、香澄に聴かせたことはなかったなぁ。若い頃は、俺も『かじった』ものだよ。




