花火の夜(三)
「今日は花火だそうだね。何処まで行くのかね?」
気を取り直した圭太が、真治に話しかけた。すると、固まっていた真治が動き出す。
「取足です。木白で乗り換えて三駅目。ここから三十分位です」
圭太は時計を見た。現在時刻は四時半。六時半から七時の間に家を出れば、間に合うだろう。
「近いね。そんな近くでやっているんだね」
「はい。駅からでも花火が見えるそうです」
「そうか、じゃぁ時間は余裕そうだね」
そう言って置きながら、圭太はまた時計を見た。
「何時からなんだい?」
そう言って、時計を見たまま真治の答えを待つ。
言われた真治はピンと来て、慌てて答える。
「七時から八時位まで『打ち上げている』と思いますけど、最後までは観ていないです」
「そうか」「はい。八時半位にはお返し致します」
言われた圭太は、まだ時計を見ている。『本日のスケジュール』を想定しているのだろう。
すると、時計から真治の方に向き直った。
「判りました。よろしくお願いします」
「はい。安全第一で、行って参ります」
圭太と真治がお互いに頭を下げた。二人は和解したようだ。
「よろしくお願いしますね」
タイミング良く恵子がお茶を持ってきて、ソファー前のテーブルに置く。そしてその辺を、猫のようにチョロチョロしていただけの香澄に声をかける。
「じゃ、香澄さん、浴衣出してあるから、二階に行きましょ」
言われた香澄がピューっとやって来て、恵子に合流する。
「真治さん待っていて下さいね」「覗きに来ちゃダメよー」
な、何てことを言うのだ。真治は慌てた。
「行きませんよぉ」
真治が言うと色目になって、挑発するようにスカートをひらひらさせた香澄であったが、恵子に軽くゲンコツされるとそれを止める。
直ぐに苦笑いに変わった。
普通に右手を振りながら、恵子と一緒にリビングを出て行く。
今のは何? 観に行っても、行かなくても、地獄なの?
もう、ちらっとでも圭太の方を見るのが怖い。
せっかく和解したのに、もう。
「まぁ、座って」「はい」
意外にも、圭太の顔は穏やかだった。しかし、もちろん圭太は『観に行っても、行かなくても地獄』と、思っている。
だからなのか、真治は安心しているが、緊張はしたままだ。
真治は圭太の斜め前のソファーに、浅く腰かけた。
圭太はソファーの奥に、どかっと倒れ込むように深く腰かけた。
両者とも大きく深呼吸をする。まるで、演奏を始める前のように。




