テスト期間(三十二)
その頃島田は、バックヤードの休憩室でタバコをふかしていた。
真治が連れて来たのは、息子が『トランペットを毎日貸していた子』だ。間違いない。
それにしても、息子から話に聞いた感じと、真治と一緒の感じでは、まるで別人じゃないか。
息子よ、残念だったな。
しかしそうなると、兄貴に『真治と真衣を頼む』って託されたけど、これはもう絶望的だな。
土曜日の夕方、作り笑顔の真衣を見て焦った。
慌ててココに連れて来たけど、何とか間に合った。
持って来てやった『イカ燻』と『サラミ』を摘まみに、『濃い目のカルピス』なんかあおっちゃって。
あぁ、弱虫で泣き虫だったあの頃に、逆戻りじゃねぇか。
なんだ。どうしたって。参ったぜぇ。
兄貴ぃ、すまん。こっちも切ないぜ。
あぁ『ネクター』チビリチビリしながら、愚痴も吐いてたなぁ。
『ナイトを捕られたっ!』
『私の方がかわいいのにぃ』
『一緒にピアノ弾いたのにっ』
あと何だったっけかなぁ。あんっだけ、仲良しだったんだから、そりゃぁ、愚痴も出るわなぁ。
はぁ。そうだよなぁ。
兄貴の葬式の時だって、泣かないで、健気に言ってたよなぁ。
『お父さんがいなくても良い。貧乏でも良い。ピアノだってなくて良い。私には真ちゃんがいる』
繋いだ手、震わせてなぁ。
それを俺に言わないで、真治に言ってればなぁ。
まぁ、言えないかぁ。はぁ。
それでも『中学に行ったらまた一緒だ』って、いつも言ってたもんなぁ。楽しみにしてたんだろうなぁ。
『私の新婚生活、三カ月もなかったー』
で、号泣。だからさぁ。あれだけ『苗字を変えずに真治を信じて十年耐えろっ』て、言ったぁのぉにぃ。
真治のこと、判んなかったのかよぉ。そんな筈、ないだろうよ。
あいつが『どんだけ大事にしてたか』って。
もう。こっちが泣きたいよぉ。
あんまり泣き止まないから、良い男紹介したよ?
『それじゃ、家の息子はどうだい?』
『エースは嫌だっ!』
即答かよっ。しかも、嘘みたいに『ピタッ』と泣き止んでぇ。
もう、どういうこと? 叔父さんビックリだよ。
息子には悪いけどさぁ。
『あいつエースなの? 凄いの?』て聞いたら
『ポーカーなのにスペードのエースでスリーカード、ハートのエースでワンペア、それでフルハウスだっ、て出す馬鹿、初めて見た』
てか、息子よ。我が愚息よ。
何を賭けていたのか知らんが、勝負事で手品の技は使うなっ。
『オリーブの首飾り』ばっかり聞いてるからだっ。
知らないのか? 真衣が好きなのは『朧月夜』だ。
細かいけどな『にほひ淡し』を『淡い香り』って言ったら、絶対にダメだからな。『枕草子』読破してから行けよ?
はぁ。ここで言っても、しょうがないかぁ。
しかし、俺も俺だよ。
『それだったら、ファイブカードだよなっ』
いや、冗談だって。判んだろうよぉ真衣っ。真衣ちゃんっ。
幾ら何でも俺だって『ポーカーのルール』位、知ってるって。
だから、兄貴と比較して、俺を馬鹿すんの止めれっ。
もう、百倍返し位で馬鹿にされちまったぜ。
はいはい。凄いよ。はいはい。すいませんねぇ。もぉ。
いやね、主席だった兄貴と、比較しなぁいで欲しいっ。
俺だって一応、一高なんだぜ? はぁ。これからどうしよっ。
島田は最後の一服を大きく吸い込むと、『小さい頃の真衣』が大好きだった『煙の輪』を作っていた。
これをやってやると、だいたい泣き止んだものだ。
そして、煙の輪を作りながら、タバコを強く揉み消したとき、不覚にも『プッ』っと吹き出して、思い出し笑いをしてしまった。
奇麗に並んでいた『煙の輪』が、思い出し笑いで霧散していく。
ひとしきり愚痴を溢した真衣が帰るとき、好物の大阪寿司を持たせてやった。
裏口から見送って『元気出せ。また来いよ』と、声をかける。
真衣は左手にカバンを持ち、おみやの大阪寿司を、右小指にぶら提げていた。
振り返らずに、ひょいと右手をあげる。
それは、いつもの別れの挨拶だ。
そのまま、がに股の千鳥足で帰る後ろ姿。
あぁ、きっと裏通りに行ったら、大声で『朧月夜』を歌いながら行くんだろうなぁ。
流石兄貴の子。そっくりに育ったよ。




