テスト期間(三十)
「いらっしゃいませー。いらっしゃいませー」
そう言いながら、真治の横をしらんぷりして通り過ぎる。二人は玉ねぎをどれにするか、物色している。
「島さーん。仲良しこよしで、こっち来るよぉ」
調理場奥の島田が気が付いて首を伸ばす。
「おっ、そうか? 何だぁ?」
「それはもう熱々の、カレーだと思いますよ?」
店員が微笑み、何度も頷きながら答える。島田も笑顔になった。
「熱々の、シチューかも、しれねっぞ?」
悪戯っぽく言い返す。
それでも、笑いながら冷蔵庫を開けると『牛のブロック肉』を取り出して、カレーサイズに切り始める。
まるで、真治が連れて来た彼女の苗字が『小石川』であると知っていて『小石川家のカレーなら牛肉』と、知っているかのようだ。
全く迷いがなく、包丁さばきも速い、速い。
「じゃ、よろしくー」「おう!」
店員は青果売り場に戻って行った。島田は牛肉を切り続ける。
「いらっしゃいませー。いらっしゃいませー」
玉ねぎをかごに入れた二人とすれ違ったが、仲良くメモを見て歩く二人とは顔を合せなかった。
精肉売り場前。冷凍食品売り場の店員も、二人を見守っている。
「なんだ、元気で良かったじゃん」「あぁ。顔は赤いけどなっ」
「この間の朝礼で言ってた子ですかね?」「あぁ。だろうなぁ」
「いぃやっコレ、熱々だなぁ」「冷凍食品、溶かさないでねぇ」
店では朝七時から朝礼があって、連絡事項が伝達される。
日曜日の朝礼には真治も参加していて、『十時から十七時の間、一時不在』となることが連絡された。
真治が『すいませんがお願いします』と頭を下げた所で、島田がすかさず『かわいい女の子と初デート』であることを勝手に補足説明し始める。
そして、これは『やむを得ない事由』であると、みんなに理解を求めたのだ。
どんな顔をしているのか判らないが、頭を下げ続ける真治に、不満をぶつける『無粋な者』はいなかった。
島田が何故、そんなことを知っていたのか。
それは、真治にも判らない『謎』である。
精肉売り場の調理場は全員そわそわし始め、にわかに活気付く。
「へー。あの子ですかー。かっわいい子じゃないですかぁ」
「真ちゃん『意外と』やりますねぇ」「もう、ニッコニコじゃん」
「あんな子だったら、俺だって仕事、休んじゃいますよー」
「お前はパチンコの方が好きだろ!」「あ、ばれました?」
「馬鹿、来たぞ。知らんぷりだ。知らんぷり!」
精肉コーナーが一瞬で静かになった。
「はい。いらっしゃいませー」
「牛肉を五百グラム、お願いします」
精肉の店員が全員揃って『うんうん』と頷く。
「はい。畏まりました」
にっこりと揉み手をして、店員がオーダーを受けた。
「カレー用ですか?」
首を伸ばした別の店員が、包丁を手に聞く。
「はい。そうです」
「じゃぁ、ブロックのにしましょうね」
そう言う手元には、既にブロック肉がある。
「お願いします」
包丁を持つのとは違う店員が、そこにある切りたてのブロック肉をトレイに入れ、秤に乗せた。
ピッタリ五百グラムだった。
職業柄『ピッタリ』にできる腕を持っているのだ。
「おまけしときましょうねー」
「ありがとうございます」
そう言うと、トレイを秤から降ろし、一つ肉を追加してラップで包んだ。そして売値のシールを貼ると、カウンター越しに渡す。
「はいどうぞ。若奥様」
笑顔で会釈して、二人は精肉売り場から離れて行った。




