テスト期間(二十六)
言われた真治は調子が狂う。恵子も渋い顔になった。
「何言ってるの、小野寺先輩様は、練習するんじゃないの?」
恵子は声の調子が戻っている。何でも『練習の邪魔をする』のはよろしくないとでも、言いたげだ。
しかし恵子の問いに、香澄は動じる様子もない。
「今、丁度終わった所よ。ねっ。小野寺先輩!」
香澄の声も元に戻る。すると香澄の恰好を見て、真治は辺りをキョロキョロし始めた。
「何時ですか?」
時計を探していたのか。そう聞いたが、時計はすぐそばにある。恵子と香澄が、ピアノの上の時計を同時に指さす。
「もうすぐ五時ですよ」「ですよぉ」
真治は時計を見たが、顔は『そう言えば時計ありましたよね』という感じだ。そして納得して頷いた。
「じゃぁ、暗くなりますし、行きましょうか」
「あら、やさし」
恵子が言葉を漏らす。そして、真治を見た。
「丁度、練習終わった所ですから」
苦笑いして、真治が答える。
一礼して振り返り、トランペットをケースにしまい始めた。
それを見て、香澄が嬉しそうに両手を『歌手のよう』にあげる。
「じゃあー、行きましょー」
香澄が歌ったのは、雨の日に真治が歌ったアウフタクトのメロディだった。まるで二番のようだ。真治は驚いて振り返る。
自分の曲が歌われる。ちょっとおかしくて、嬉しかった。
当の香澄は、ご機嫌でくるくる回り始める。
恵子はそんな様子をおやおやという感じで見ていたが、それから渋い顔になって真治の方を見た。
「どうもすいませんねぇ」「いえいえ」
真治も苦笑いで答えた。
香澄がピタッと回転を止め、ポーズを決める。恵子はコントが終わったのを見届けると、苦笑いのまま部屋を出て行く。
「お財布の所にメモ置いてあるから、よろしくねー」「はーい」
廊下から恵子の声が聞こえた。それに香澄が部屋の中で答える。やれやれだ。
しかし真治は、ふとした疑問に至った。
「あー、ところで『お買い物』は、どちらへ?」
「駅前の『アイランドA』よ?」
あちゃー三号店じゃないですかっ!
確かに、ここから一番近いスーパーである。
「あ、ですよね」「そうですよぉー」
香澄はそう答えると、笑顔のまま左手で真治の右手を掴まえると、不思議なちょこちょこ歩きで、引っ張り始めた。
真治は苦笑いするしかない。
どうしよう。
やっぱり『靴屋のおじさん』に見られていたかぁ。
新聞読んでた筈なのになぁ。あの眼鏡は望遠鏡かっ!
それで、もう父上に知られているし。
商店街の結束力、怖いなぁ。
それに、三号店のみんなに、こーんなにかわいい恰好の香澄を見られたら、後で絶・対・からかわれる。
お願いします。
今日は、肉だけは勘弁。
精肉だけは、絶・対・に買いませんように。
もう、肉なしのハンバーグでも我慢します。
あぁ、これで香澄の面が、三号店にも割れてしまうなぁ。
香澄が店に行く度にマークされて、香澄の向かう所に、
『品出し行ってこい』
とか
『レジ補助行ってこい』
とか。
色々言われるんだろうなぁ。
はぁ。もう、溜息しか出ない。




