テスト期間(二十四)
廊下から恵子が入って来た。直ぐに噴き出して、歩み寄る。
消音室の前で椅子に座り、ドアに顔を近付けている不思議な香澄を見て、恵子もその上から顔を近付ける。
「トランペットの練習をしているの?」「そう」
「あら『グリーンスリーブス』ねっ」
恵子が意味深に香澄を見る。むしろ『笑う』のを堪えているのだろうか。見られた香澄も、その『意味』が判っている。
「アンコールで真治さんが選曲したのっ! 私からリクエストしてなぁいからぁっ!」
扉を見たまま『小声』で答える。その上、真治がこちらを見ていないのを素早く確認し、怖い顔で恵子を睨み付けた。
真治はトランペットをやや上に向け、最後のフレーズを吹いている。横目に、多分恵子が来たことは判っているだろう。
恵子は笑っている。
「そんな、何曲もリクエストしてぇ。あなた、練習の邪魔しちゃだめよ?」「邪魔してないよー」
小声で話す親子の会話は、真治には聞こえない。香澄が文句を言いながら足をバタバタしている。
笑いながら恵子が聞き返す。
「邪魔して出されたんじゃないの?」
香澄は足を止め、口を尖がらせた。まだ邪魔していない。まだ、何にもっ、していない。
「密室に二人はダメなんですってー」「あらあら。お堅いこと」
そう言ったものの、恵子はちょっと感心する。
しかし、香澄の恰好をまじまじと見て、それから手を口に当てると、香澄に小声で聞く。
丁度真治の演奏が終わった。
真治はトランペットを降ろして恵子に一礼したが、何やら扉の向こうでは、『親子の争いごと』が勃発している感じがする。
困った表情で眺めるだけだ。
「あなたが変なこと、したんでしょ?」「してないよー」
そう言って香澄は高速で足をバタバタさせながら、両手で恵子をポカポカした。
されつつも笑いながら、恵子は香澄を椅子ごとどかし、消音室の扉を開けた。
「練習できそうですか?」「はい。一家に一部屋欲しい位です」
真治は親子喧嘩の原因が判らないので、心配顔である。
「ほほほ。いつでも練習しに来て下さいね。この子、最近ピアノの練習、さ・ぼ・り・気・味・だからー」
「おかぁあさーん」
怒れる香澄の抗議も、恵子は無視している。
真治は驚いた。香澄がピアノの練習をさぼっているから、怒られてしまったのだろうか。凄く気が引けるではないか。
それとも、トランペットの音漏れが、凄かったのだろうか。




