テスト期間(二十二)
実は、真治が『向こうを見る』必要は、なかった。
香澄は消音室の反対側にある扉を開ける。そこがベッドルームなのだから。
そのベッドルームの足元には、今まで消音室のお友達だった大きなぬいぐるみが転がっている。真治に見られたくなくて、急いで隠したものだ。
香澄はそれをまた拾い上げると、更に奥のウォークイン・クローゼットにさよならした。
その頃真治は、壁の方を向いてトランペットの練習を始めていた。
消音室に入って左側の壁に沿ってピアノが置いてあり、その上にメトロノームと時計が置いてある。
メトロノームを勝手に使うのも気が引けたので、時計の秒針でロングトーンをした。
次に、既に頭の中に入っている教本の音階を練習し、ドから始まる音階一オクターブ往復、同様にレから始まる、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ドと吹く。
次にドから半音づつ一オクターブ往復、ド#から半音づつ、レ、レ#……、と往復する。
教本から始まる指の練習を思い出し、三連符でドレミ、レミファ、ミファソ、ファソラ、ソラシ、ラシド、シドレドと吹き、ドシラ、シラソ、ラソファ、ソファミ、ファミレ、ミレド、レドシドと一往復した。それを段々加速しながら三往復。
真治はちょっとマウスピースをハンカチで拭い、大きく息を吸って『倍音の練習』を始めた。
トランペットは、三つのピストンの解放・押し込みで音階を演奏するので、同じピストンを押した状態でも違う音が出せる。
それの練習だ。
ド、ソ、上ド、上ミ、上ソ、上上ドがピストンを押さないで出せる音である。これを唇の締め具合を変化させて、狙った音が出るように練習する。
ソ、上ド、ソ、上ド、上ミ、と練習した所でニニ・ロッソになりきって『夜空のトランペット』になるのがお決まりである。
これを全力でやると、真治の大嫌いなフレーズが耳に届く。
『煩いっ!』
このフレーズが返って来ると強烈だ。まぁ、仕方ないとは言え。
「いつもその曲になりますよねー」
後ろからそう言われて、真治は演奏を止める。
「もう、癖でね」
廊下で『一人練習している時』しかやらないのだが、音がでかくてバレたのだろうか。
そう思いながら振り返ると、真治は鼻血を噴き出した。




