テスト期間(十八)
香澄は真顔のまま、『重要事項を思い出した』かのように、話を始める。
「あー、でも、家の消音室って、確かピアノ用なので、トランペットの音まで消音できるか、ちょっと判りませんが。うーん」
真治は慌てて目を開けると、香澄を見る。
そして、真治は信じた。自分のために心配してくれる香澄の言葉を、真治は信じたのだ。
「えっ? そうなの? 大丈夫?」
その時真治の頭の中で、ピアノとトランペットの音がオシロスコープに表示され、その波形の違いを見分けようとしていたのだが、そんなので判る訳がない。
「もし『だだ漏れ』だったら、凄く怒られちゃうよ?」
真治は、父上の『鬼の形相』を思い出す。そんな顔で香澄が怒られるのは、余りにも辛いではないか。
そうなのか? と、真治は首をかしげながらも確認し、ちょっと笑いながら心配した。
香澄もそんな真治を見て、首をかしげ、笑いながら答える。
「そうですねぇ。ちょっと試してみましょうか?」
「そうだね。そうしよう!」
真治は素直に賛成した。何事にもトライするのは良いことだ。
それに、そんな無謀とも言える挑戦に、香澄が嫌な顔一つせず、むしろ笑顔で受け入れてくれることに感謝し、逆に『申し訳ない』という、気持ちの方が大きくなる。
だが次の瞬間、いつの間にか『香澄の家にお邪魔する』ことに、なってしまっていると、気が付いた。
急に『靴下に穴開いてなかったよなぁ』と心配したのだが、それはもう遅い。
真治の顔を覗き込んでいた香澄が、構内放送に反応してパッと振り返った。
「電車来ましたよっ!」
すると香澄が、先に元気良く立ち上がって振り返り、満面の笑みを真治に魅せる。
真治は、まだ悩んでいる最中だった。もちろん『靴下の方』だ。
しかしそんなこと、香澄に判る訳もない。
電車がホームに入線してきても、真治は立ち上がらない。それでも香澄は満面の笑みだった。
電車が停止してドアが開く。
するとそこで、やっと真治が動き出す。左手にトランペット、右手にカバンを持って立ち上がる。
すると右肘を、香澄の左手にあっという間に絡み取られ、慌て顔のまま、電車に引きずられて行った。




