テスト期間(十五)
二人の後ろをついて来ていた『知らない女子生徒二人』は、真治の声圧に驚いたのか、静かになってから歩き始めた。
カバンを落とし、両手で顔を覆いうつむく香澄の横。
口に右手を当て『よ』の口のまま、固まっている真治の横。
歩みに合わせて頭を振りながら『すいません、ちょっと通ります』の雰囲気で、ニヤニヤしながら通過して行く。
これは『事件』である。だから『事件現場』を乱してはならない。息を殺してそっと歩く。
そして、耐え切れなくなったのか『キャー』『キャー』と言いながら走り出し、階段を一段飛ばしで駆け上がって行った。
その女子生徒とすれ違いに、今度は自転車に乗った悪ガキが通り過ぎ、振り返って『ヒューヒュー』と、響かせて行った。
悪ガキに『遠慮』というものを、求めはいけない例である。
真治は香澄に近付いたが、香澄はその場から動こうとしなかった。両手を顔から胸にまで降ろし、今度は心臓を押さえている。
しかし下を向いているので、前髪でその表情は判らない。
「行こうー」
不貞腐れ気味に真治が言い、右手を差し出したが、香澄は左手を前に伸ばして上げ、手の平を真治に見せて『拒否』した。
香澄に拒否されて、真治は驚く。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
香澄がそう言うので、真治はホッとして右手を引っ込めた。
香澄は、大きく深呼吸している。
三回深呼吸した。下を向いたままだ。
カバンを落としたことに気が付いたのか、顔が見えないようにしながら、右手でカバンを手にした。
「お待たせしました」
そう言って『パッ』と顔を上げる。下を向いて、前に垂れていた髪が後ろに飛ぶ。
そうして、やっと見えたのは、何とも言えない表情だ。
口を窄めて下唇を噛み、息を止めて笑いを堪えている。
真治は苦笑いした。『見たかった笑顔』とは、ちょっと違う。
「だいじょーぶぅ?」
香澄は、しゃべると吹き出してしまいそうだ。
下唇を更に強く噛んで、そのまま頷いた。そして答える代わりに左手を差し出して『手つなぎ要求』をする。
真治は、その手を取って歩き出す。
つないだ手が、機嫌良く揺れ始める。そして、段々大きく揺れ出した。その調子で階段を昇って行く。
すると後ろで、香澄が乗るはずだった電車が来たのが判った。
再び電車の音が響き始めた地下道の中、真治は香澄に叫ぶ。
「もう一回言おうか?」
香澄は目を丸くして驚き、吹き出して笑いながら真治に答える。
「お願いします!」
また電車の音に負けない大きな声。直ぐ隣にいるので、今度は明瞭に聞こえた。
香澄の笑顔を見て、真治は『そっちだよ』と思う。
問題ない。言いましょう。
真治は大きく息を吸って、大声を出す準備をしたが、そこはもう、階段を登り切った所だった。しかし、そんなことは関係ない。
青空に向かって、叫ぶのだ!
「やっ・ぱ・り・止・め・て・下・さ・い!」
香澄の声が駅前ロータリーに向かって響き渡った。真治の右手を強く揺すり、叫ぶのを止めたのだ。
今度は幸いなことに、誰も振り返らなかった。
それでも真治と香澄は、つないだ手を離す。
お互いを指さしたり、二の腕を『パチン』としたりしながら、しばしお互いの『必死な顔』を見て、笑い合う。
叔父には悪いが、もうハンバーガーのことは、どちらも覚えてはいなかった。




