テスト期間(十)
「そうなんですね。何か気の毒な感じ」
香澄はそうは言ったものの、何かを思い出したようだ。
「あれ? でも、桜の季節かな? もうちょっと後だったかな?」
そう言って首を傾げている。
真治は何だろうと思って、香澄の方を見た。
「真衣ちゃん『お誕生日ケーキ、初めて食べた!』って、もの凄く嬉しそうに言ってたこと、ありましたよ?」
不思議そうに言う香澄と目が合う。真治は前を向いた。少し歩くのが早くなったのか、真治が先に行く。
「真衣ちゃんだけ、お誕生日が、お正月じゃないんですか?」
ちょこっと加速しながら、香澄は覗き込んだ。
真治は口を尖らせる。真衣め。余計なことを喋ったな。
「もう真衣は『小野寺家』ではないから、そうなんじゃない?」
香澄が不思議そうな顔をして、キョトンとしている。
首をかしげて考えている間、目のパチクリが止まらない。やっぱり判らなくて、真治の方を向いた。
何だか真治は歩くのが速いのか、また『立ち位置』がずれている。
「小野寺家でなくなると、誕生日って、移動するんですか?」
真治が苦笑いする。そんな訳はない。『こち亀』じゃあるまいし。
「まぁ、正確に言うと、誕生日って訳じゃなくて、お正月に全員年を取る『数え』方式ってこと」
少し歩くのが遅くなった真治。それとも香澄に説明をするのに、振り返ったからだろうか。苦笑いして香澄に聞く。
「聞いたことない? 昔の本とかでさ『数え何歳』とか」
「なんですか? それ。聞いたことないです」
結局の所、香澄は騙されていたのか。
いや、真治は最初から『誕生日』を答えてはいない。いつも『嘘』にはならないよう、慎重に言葉を選んでいる。それが真治だ。
「生まれたら一歳でぇ」「え? ホントですか?」
「うん。それで、お正月毎に全員年を取る数え方が『数え』だよ」
「えーっ? それじゃぁ、大みそかに生まれた人は?」
「生後二日目で二歳だよ」
それを聞いた香澄は『ブッ』と吹き出した。
「えー、それ、不公平じゃないですか?」
「そんなこと言われても、小野寺家ではまだそうなんだからさぁ」
そう言うと、真治はまた歩く速度が速くなる。
「ちょっと待って下さい!」
香澄がバタバタと追い付くと、香澄的には『何だか小走り』になりながらも、真治の顔を覗き込み続ける。
「じゃぁ、本当の所は、何月何日なんですか?」
「さぁ、知らないなぁ。誕生日お祝い、しないしぃ」
真治は笑ってすっとぼける。口をへの字にして小首まで曲げて。
その笑顔を見て、香澄も笑った。
引用
秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』




