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【完結】婚約破棄間近の婚約者が、記憶をなくしました  作者: 瀬里@ピッコマ/Lineマンガ連載中
本編

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5/32

5(挿絵つき)

ご覧いただきありがとうございます!

「」・・・ケイリッヒ語

『』・・・マレ語

で会話が進んでます。




 

 その日、バステトは、マレの伝統的な衣装とシャムシールを身に着けて、お昼時の生徒が多く集まる中庭に現れた。

 その、あまりにも煽情的な姿に、誰もが目を留める。


 体全体を覆う一枚布の薄衣に隠れているとはいえ、その下は、胸と腰を覆うわずかな布のみだ。

 飾りのついた薄衣が翻るたびに、その下の躍動感あふれる肢体が見え隠れする。


 そして、マレの伝統的な曲刀、シャムシールをその手に携える。

 精緻な細工が施され、宝石のあしらわれたその曲刀は、あどけなさの残る少女の姿とはあまりにも不釣り合いだった。

 しかし、そのアンバランスさは、彼女の内包する美を引き立て、絶妙な形で調和されていた。


 ただ、そこにあるだけ。

 それなのに、誰もが目を離せなかった。


 バステトは中庭に立ち、その手につけた小さな金属の輪を束ねた楽器、シストルムを、シャン、と響かせた。


 静寂が落ちる。


 バステトは声を上げる。


 「ルーク、呼んで!」


 「バステトが、舞う!」



 無視できるものなど、誰もいなかった。




---------------------




 ルークに助けられて、抱き締められた瞬間、バステトは、自分の気持ちに気づいてしまった。


 ルークは、ひどいことばっかり言っていたけれど、行動はいつもバステトを気づかっていた。

 いつもバステトをかまって、本当は忙しいのに、時間を作ってくれていた。

 お昼も一人にならないように、いつも側にいた。

 体を張ってバステトを助けてくれた。


 甘い声で、『黒猫』と呼ばれるのが、ほんとは心地よかった。

 ルークは、マレの言葉でしか『黒猫』と呼ばない。

 それは、いつしかルークとバステトにしか解らない、特別な呼び名になっていた。


 でも、そんな風にバステトを依存させた一方で、ルークは、バステトを周囲から引き離して孤立させた。


 依存と孤立。

 その二つは、見えないループのようなもの。

 抜け出せない輪になって、人を縛り付けるものだ。


 ルークは、バステトを従わせたかっただけなのだろう。


 あの時、ルークが囁いた甘い言葉は、全てバステトを依存させるための罠だ。

 わかってるのに、それでもいいから嬉しいと思ってしまった自分が悔しい。


 バステトの気持ちとルークの気持ちは、あまりにも違いすぎる。

 このままここにいたら、バステトはきっとルークに逆らえなくなってしまう。

 心地よい依存に溺れさせられて、簡単にマレを売ってしまうかもしれない。




 そんなバステトが、この国に残っていいはずがなかった。




 バステトは、婚約破棄して、この国を去る。それでいい。

 ただ、最後に知ってほしかった。


 想いを吐き出して、ひどいルークに全部ぶつけたい。

 バステトの想いを思い知るがいい。


 頭をぶつけて怪我をしたルークは、記憶を失ってしまったらしい。

 そんなルークにそれを告げてどうにかなるわけじゃない。

 でも、そんなの知るものか。


 マレに、こんな気持ちを持って帰りたくなかった。

 この国に、全てを、置いていくのだ。



 バステトの実らない、淡い初恋のすべてを。

 


--------------------



 ルークが記憶を失って、1週間がたっていた。

 結局、あの令嬢での暇潰しをする気にはどうしてもなれなくて、捨て置いた。


 普通の生活に支障がない程度には、ものごとを覚えているし、ふとした拍子に色々なことを思い出すこともあった。

 記憶が戻るのも時間の問題に思えた。

 ただ、頭に霞がかかったようなその状態は、非常にもどかしく、イライラする。


 「なんだか、騒がしいようだけれど」

 苛立ちを抑えつつ、ベッドの上で一人本を読んでいたルークは、遠くから聞こえてくるざわめきにふと顔を上げた。


 「ええ、外に人が集まっているようです」

 今までなかったことに、興味を覚える。


 例の子爵令嬢は、毎日ルークの部屋にやってくる。

 今日も微笑みながら、寝室の花瓶に花を生ける。

 甘い香りがうるさい。

 今はメイドは下がっており、彼女と二人きりだ。


 「今日は、何か行事でもあるのかな。窓をあけてくれないかい?」


 「ルーク様。それよりも……。あの、そろそろお体が辛くはありませんか?

 最近、イライラなさっているようですし。」

 ミケーネは、カーテンを引いて陽の光を遮った。

 そして、肩からショールを落とし、襟元のボタンを外していく。


 「君とはそういう関係だったってこと?」

 彼女は、髪飾りを外し、結っていた髪をほどいていく。


 「はい、ルーク様は幾度も私をご寝所に召して下さいました。」

 胸元をはだけ、下ろした髪をゆらし、艶めいた仕草で、微笑みを浮かべる。


 「ふーん。こっちに来なよ。」

 ルークが、ベッドに座り手を伸ばすと、彼女は、ゆっくりと歩み寄る。


 そして。


 あと一歩の距離に近づいたとき、手に持った髪飾りをルークの首元に素早く突きつけた。


 それは、髪飾りに模したナイフだった。

 しかし、ルークの首に刺さる前に、ナイフはルークの手刀によって叩き落された。


 ミケーネは動じず、更にルークの懐に飛び込み、肘を入れようとする。


 ルークはするりと躱して、背後から彼女を床に組み伏せた。


 「なぜっ!?油断していたのに!」


 「いやあ、なんかさー。君、一緒にいてつまんないんだよね。

  僕は、君みたいな子選ばないと思うんだけど。

  それなのに、ここまで近づかせるって、()()()()()()なのかなって」


 バタバタと人の足音が聞こえ、部屋の外が騒がしい。

 側近の大男エルマーをはじめとした数人の近衛が、部屋に飛び込んできた。


 「ルーク様! バステト様が!……これは!?」


 「あー。エルマーだっけ?ちょっと遅いんじゃないの? 

  これ、縛って尋問しといて。舌をかませないようにね。

  自白剤を先に飲ませるのもいいかもしれない」

  

 床に組み伏せられたミケーネに近衛の一人が慌てて、走り寄った。


 「さて、説明してくれる?これ、どういうこと?君、何か知ってるんだよね。」

 エルマーは、その発言に眉を顰める。


 「は。ご指示通り、マレの隣国キーランからの間者を泳がせておりましたが、何か不備が?」

 ルークは、顔をしかめる。


 さっきから、ルークの心臓は、強く脈打っている。

 何かが、彼の奥深くを揺り動かしていた。


 「僕、記憶喪失なんだけど、わかるように言ってくれる?

  指示って?」


 「……記憶を失ったふりをされていたのでは?」


 なんだそれは。


 「ねえ、エルマー。さっきから、すごく頭が痛いんだけど。

  バステトって…うっ」

 その名を口にした途端痛みがひどくなる。


 エルマーは、思い出したように慌てて、言いつのった。


 「マレからの留学されている、ルーク様の最愛のご婚約者様です!

  今、円形劇場に学生たちが押しかけて大変な騒ぎになっております。

  バステト様が、ルーク様をお呼びになっています。

  これから舞を舞うからと。」


 ルークは、考えることもせず、反射的に部屋を飛び出した。



 

----------------------




 その円形劇場は、ケイリッヒ王国の建国の歴史ともかかわる重要文化財で、今でも学園のイベントで使用されることがあった。

 古い石造りのそれは、すり鉢状に中央に向けて低くなり、中央に位置する舞台だけは、新しく大理石が敷かれていた。

 その舞台の上に、バステトは、一人、佇む。


 集まった生徒たちは、遠巻きにその姿に魅入っていた。


 ルークはまだ来ない。

 いや、来る。

 バステトが舞えば、絶対に出てくる。



 マレの舞姫を無視できるものなどいようはずがない。



 バステトは、頭を低く、低く下げた。


 見つめる誰もが息をのむ中、そのままの姿勢で、手と足首、腰につけたシストルムを鳴らした。


 円形劇場に、シャン、と高い、鈴のような音が響き渡った。


 シャン、シャン、と続けてリズムをとる。

 バステトは、慣れ親しんだ音に、高揚感に、顔を上げる。


 そして、高まったリズムとともに、地を蹴り、彼女の舞は始まった。






 長い、彼女の体全体を覆っていた領巾は、バステトの舞に合わせて、舞台のあちこちを舞い踊った。

 踊りの強弱に合わせて、シストルムの清涼な音が、円形劇場を満たす。

 リズムの中で、流れ、止まり、躍動し、弾ける。

 誰も目を離せなかった。





 やがて、人々の間から、ささやき声が漏れる。


「マレの舞姫」

「たしか、女神の名前だって」


 そこには、確かに女神がいた。



 マレの至宝ともいわれる舞姫が目の前にいることを、もはや誰も疑わなかった。


------------------


挿絵(By みてみん)


シストルムについて……名前の響きが好きで、使いましたが、この世界の架空の楽器です。実際は、おそらく鈴の音はしませんし、手首につけるものではありません。ご興味のある方は、検索してみてください。


↓すてきなイラストを描いてくださったゆゆのさん情報はこちらです

https://www.pixiv.net/users/30628019

https://skima.jp/profile?id=90999

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