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ご覧いただきありがとうございます!
「」・・・ケイリッヒ語
『』・・・マレ語
で会話が進んでます。
今日は、作戦の決行日だ。
作戦と言っても単純だ。
先日、バステトに色々と教えてくれた親切な令嬢に、子爵令嬢を池の前まで呼び出してもらった。
中庭にあるこの池の前は、食堂に通じる渡り廊下になっていて、とても人通りが多い。
念には念を入れてお昼の人が特に多い時間を選んだ。
池の端には、清掃員の姿も見える。ごみを散らかして、通報しておいた。
彼女が落ちても、助けてくれる人がたくさんいる。
そして、石で舗装していないこの池は絶妙な深さで、どろどろぐちゃぐちゃべちょべちょの状況を作り出すのには、まさに最適なのだ。
重要なのは、周りにどう見えるか!
池の端の絶妙な突き落としスポットに立って、悪役皇女らしく腕を組んでふんぞり返ると、バステトは、子爵令嬢の到着を待った。
「おや、『黒猫ちゃん』、今日はどうしたのかな?」
『へ?』
なんでお前が来る!?
なんと声をかけてきたのはルークだった。
いつも通り、似非王子スマイルで、周りの視線を集めながら、こちらに歩いてくる。
果たして王子がこの場にいて、この作戦は成り立つのか?
バステトは混乱しつつある頭の中で目まぐるしく考えを巡らせる。
いや、むしろいいのでは?
王子も目の前で子爵令嬢が突き落とされれば、バステトを非難しないわけにはいかない。
バステトは、自然とどや顔になる顔を引き締めて、作戦を実行することに決めた。
「まあ、ルーク様、ごきげんよう。バステト様、こんにちは。」
そこへ、件の令嬢が、ベビーピンクの髪をゆらしながら、にこやかにやってくる。
品の好さがにじみ出る、なかなかにかわいらしい令嬢だ。
「ミケーネ嬢?」
ルークは、返事をしないバステトと子爵令嬢を見比べて軽く眉をあげた。
バステトは、無言で子爵令嬢をにらみつける。
ここからが勝負だ。
ミケーネという令嬢は、何も言わないバステトに、困ったように首を傾げた。
「ルーク様、バステト様、お話とは何でしょうか?」
バステトは、ルークを無視することにして問いかける彼女に対峙した。
ごめんなさい、と心の中で謝る。
「このどろぼうねこ!ルーク様にちかづかないでよ!」
彼女は一瞬目を見開くと、みるみるうちに瞳をうるませる。
バステトは罪悪感ましましだが、ぐっとこらえる。
周りの注目はいい具合に集まっている。よし、いける!
だが、なんと彼女は、ルークの方へ小走りで走り寄るとその後ろに隠れてしまったのだ!
ちょっとなんでそっちへ行くのよ!突き落とせないじゃない!
「そんな、私、そんなつもりでは……。申し訳ありません、バステト様」
悲壮な声をあげて、彼女はルークの後ろで王子の服の裾を握りしめて小さくなった。
もういい!突き落とせないかもしれないけど、それをしようとしたことを皆に見せるのが大事!
バステトはルークの後ろの令嬢に手を伸ばそうとした。
が、あっけなくルークに腕をつかまれてしまった。
「バステト皇女。それはいただけないな。」
『馬鹿な黒猫。君の魂胆なんかバレバレだよ。
問題を起こして婚約破棄に持ち込もうとしたんだろうけど、君に問題なんか起こさせないよ。』
この馬鹿王子!せっかくいいところだったのに!
バステトはルークをにらみつけてさらに怒鳴りつけようとした。
が、できなかった。
ルークが、バステトのつかんだ腕から手を滑らせ、彼女の指に指を絡ませるようにつなぐと、その胸に引き寄せてしまったからだ。
「婚約者としては、どうかと思うよ。」
バステトは、もう口をパクパクとすることしかできなかった。
ルークとこんなに近づいたのは初めてだった。
いつも、軽口をたたくだけで、手をつなぐことさえしなかった。
ルークは、引き寄せたバステトの耳元にささやきかける。
『手をつないだだけでこんなに赤くなるなんて。黒猫はかわいいね。』
『思うに、僕たちはちょっと、距離が遠すぎたと思うんだ。
僕もずいぶん我慢したと思わない?』
『そろそろ、キスぐらいしてもいいよね』
ルークの口撃は、とどまるところを知らない。
「なっ、ななななXXXXXXXX」
バステトは、混乱の極みだ。
慌てて、手を振り払って、ルークの胸を押した。
もちろんルークがそんなことぐらいでびくともするわけなくて、よろけたのはバステトの方だった。
バステトが池の方へよろける。
ルークはバステトの背後にある、白鳥のモニュメントを見て目を見開くと、バステトに手を伸ばし、バステトを抱き込んだ。
そして、バランスを崩すと、背中から、池のモニュメントへ激突した。
ずるずるとそのまま崩れ落ちる。
≪しかし、池には彼女をかばった王子が落ちることになってしまい、更に王子は、池のモニュメントに頭をぶつけて怪我を負ってしまった。≫
そう、王子がかばった「彼女」は、子爵令嬢ではなく、バステトなのである。
明日も投稿します。