刑事になれた志郎
午後10時。
志郎は車を運転して、深夜営業のファミレスへ彩を連れて
行った。
志郎と彩は、テーブルで向かい合った。
「俺が警官だから呼べば、何とかしてくれると思ったのか?
俺はお前が徐々にでも、治っていってると思ってたんだ。
だが、治ってなんかいなかったんだな」
彩は、ふてくされた態度だ。
「全然反省出来てないようだな。
これ以上、お前と一緒に住む事は出来ん。
アパートを出ろ。
俺がお前の保証人になるから、別の場所で一人で住め」
まだふてくされたような、顔だ。
「これからは、自分の面倒は自分で見るんだぞ」
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志郎は彩をアパートから追い出し、同棲生活をやめた。
彩は富田林のボロアパートに、住まわせている。
志郎は大阪市天王寺区のマンションに、引っ越した。
彩とは離れたが、まだ彩の事が気がかりだ。
志郎は彩と定期的に連絡し、近況を尋ねるようにした。
彩が出て行ったお陰で、伸び伸びと仕事が出来る。
厄介者を追い出した志郎の活躍は目覚ましく、トントン拍子に出世して行った。
自転車泥棒検挙4人、ひったくり検挙6人、空き巣検挙5人。
富田林の署長には、表彰された。
お巡りさん時代に一回、コンビニ強盗に出くわした事がある。
正確には、強盗ではないが。
その日勤務が終わり、アパートに戻る途中、ファミリーマートに寄ったのだ。
明日の朝一番に交代するために、朝ご飯を買って帰るつもりだった。
いつものように、カゴにパンを放り込んでいた時の事である。
時刻は午後11時20分頃、慌ただしく自動ドアから入ってきた中年のオバサンがいた。
そのオバサンはレジ前の店員に、「すみません、かくまって下さい」とだけ言うと走って事務室のある場所の中に入ってしまった。
「ちょ、ちょっと待って下さい、お客さん!」
店員は無理矢理事務室に入った客をどう処理していいか、戸惑ってる様子だ。
志郎はパンを取ろうともせず、突然の珍客騒動を傍観していた。
すると今度は自動ドアから、人相の悪い凶悪そうな男が入ってきた。
手には、包丁を持っている。
一目でさっき入ってきた女性を追いかけてきたのが、分かる。
事務室へ逃げ込んできた女性客は、ドアを少し開けて入り口を覗いて、男と目が合った。
女性は引っ込むようにして事務室の奥へ隠れ、男は無言で入って行った。
店員は恐ろしくて何も言えれず、静止出来ない状況だ。
警察に連絡しようにも電話もケータイも事務室にあるし、店員はオロオロしている。
志郎は買い物カゴを置くと、ケータイで富田林署に連絡を取った。
客の志郎が警察に連絡してくれているのを見て店員は、「すみません。ありがとうございます」と、礼を言ってきた。
志郎が警察のiDカードを見せると、店員は安心したようだった。
「お客さん、警察の方だったんですか?!
こりゃ、運がいい」
事務室の中から、女性の悲鳴と男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「殺してやろうか?!」
こうしては、おられない。
事態は、一刻を争う。
「事務室の中に他に従業員は?」
「いません」
「では、本官が中に入ります。
あんたは外に出て、客を入らせないようにお願いしますよ」
店員は店外に出て、志郎は事務室のドアを開けて中に入った。
事務室と言っても、相当狭い。
2、3人入れば、すし詰めになるぐらいだ。
外に通じるドアはなく、逃げられる心配はない。
床は、血の塊で濡れていた。
男は志郎を見ると、女性の首に手を回し、胸に包丁を当てた。
「てめえ、近付くとこの女をブッ殺すぞ!」
男はすごんだ。
女性の腹は、血で染まっている。
包丁で浅くだが、刺されたのだ。
志郎は警察のiDカードを見せると、説得を試みた。
「警察だと、てめえ?!
早すぎるじゃねえか?!」
「残念だが本官は買い物をしに、寄っただけだ。
あと五秒の内に女性を解放したまえ」
「女の次は、お前を殺してやる」
凶悪ヅラの男は、耳を貸そうともしない。
人質に取られている女性は、相当怯えている。
奴とじっくり話し合って、道徳心を植えつける余裕はない。
志郎は棚の上に積み上げられているタバコの段ボール箱を見つけた。
中は開けられていて、半分くらい減っている。
志郎は段ボール箱のフタをつかむと、男の顔めがけて投げつけた。
中身は床にばらまかれ、男は段ボール箱をよけるために身をかがめた。
その隙に志郎は左手で男の包丁を持っている右手首をつかみ、右手で男の鼻を殴った。
女性の命を助けるために、手加減するつもりはない。
一発ぐらいでは、足りない。
二発、三発、四発。
続けて四回連続してパンチをお見舞いすると、男は床に倒れた。
女性は震えながらも、事務室から逃げ出した。
志郎は店の中からビニールテープを探すと、男が逃げられないように、厳重に縛った。
丁度いい頃合いにパトカーのサイレンが聞こえ、警官たちが到着した。
店前では、野次馬が集まってきだした。
「坂本、犯人はどうした?!」
交番の相棒の巡査が、聞いた。
「男なら事務室の中に、縛ってます。
心配入りません」
志郎は、得意顔で答えた。
後から女性の供述で分かった事だが、男は女性の夫でささいな事から口論となったらしい。
そしてついに包丁を振り回してきたので自宅から逃げ、近所のファミリーマートに緊急避難してきたのだった。
パトカーに同乗して男を署まで連行し、富田林署の留置場まで同行した。
帰る際に、刑事部長から声をかけられた。
「また君か。君の名前は、覚えてしまったよ。
若いのに感心だねえ」
「はいっ、ありがとうございます!」
志郎は警察式の敬礼をした。
「どうだね、坂本君。君は交番のポリさんで一生を終えるには、もったいない程の逸材だ」
「と申しますと?」
「こちらも、人手不足なんだ。
バイトで手伝いにきてくれんかね?
君は凶悪犯罪じゃないと、燃えてこないんだろう?
顔にそう書いてある」
「はい、悪を根絶するためなら命を捧げます!」
「それなら尚更、交番で道案内などさせては場違いだな。
今、高級車窃盗犯A64を追跡中なんだ。
手を貸してくれるね?」
「はいっ、喜んで!」
志郎は再び、敬礼をした。
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河内地方を中心に高級車を盗んでいる車泥棒逮捕のため、志郎は1ヶ月私服刑事として働く事になった。
高級車をブラックマーケットで売りさばくのではなく、乗り捨てて逃げるので足をつかむのに大分時間を要した。
地道な捜査が実を結び、犯人のマンションに踏み込む日がきた。
決行時、刑事は志郎を入れて四人。
合図と共にドアを蹴破って侵入すると、部屋はもぬけの殻だった。
「どこへ消えやがった?!」
刑事たちはくまなく探したが、見つからない。
容疑者がマンションに戻るのを確認してから、踏み込んだのだ。
こうなったら感ずかれて逃げられたとしか、考えようがない。
「手分けして探せ!」
四人共容疑者の部屋から飛び出すと、周辺を探し回った。
容疑者の男は警察に尾行されていると気づき、部屋に戻ると窓から屋上へと出て行った。
そしてすぐ隣のマンションの屋上へ、非常時のために用意していた細長い板を渡って逃げたのだ。
刑事たちも隣のマンションに逃げたとは、思っていない。
他の3人の私服刑事たちがマンション内を捜索する中、志郎だけが屋上へ出た。
志郎は隣のマンションの屋上で、笑ってる容疑者を見つけた。
一目見るなり志郎が警察だと察知し、容疑者の男は逃げた。
「待て、警察だ!逮捕する!」
叫ぶと、志郎は追った。