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KING  作者: 安三里禄史
十章
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59/77

10-6

 幾日かして、ハーシュメルトはアークの部屋のソファにもたれかかり、突風に流れ散る粉雪の行方を思い煩っていた。

 部屋へ来るなり相談を持ち出してきたハーシュメルトに、アークが「ないよ、そんなものは」と答えたのが気に入らなかったのか、少年は淹れ立ての茶が冷めてしまうほどの時間、窓の外を不機嫌そうに眺めている。アークとしてはそれ以上の答えは引き出せないため、かれが口をひらくまでいつもの席――翻訳する際に使う大きな机の席――で待っていたが、いつまでも孤独に浸る少年を気の毒に思って声をかけた。

「償いの方法なんてものはないからね、ハーシュ。気にせず忘れることだ。きみは罪人にはならないのだから、考えるだけ時間の無駄だ」

「罪人にはならない」ハーシュメルトはクッションを抱えてつぶやく。「セザンでは、のはなしだろ? ならどこへ行けば罪人となる、どこでならぼくは罰せられるのだ? アクリで切腹すればいいか、リクトワールの監獄で生涯過ごせばいいか、ロスカの火に焼け死ねばいいか、どうすればぼくは償いができる?」

「きみはいったいだれに償うつもりだ? 死者に償いなどできないよ、たとえきみが死んだところでね。太陽教の教えにあるように、死者の世界の存在をきみが信じるなら、実際に行って試してみる価値はあるかもしれない。けれどね、やはりばかげているよ、そんなものありはしない。償いを遺族に、という話ならそれも無理だろう。かれらの望むものはきみのほうの命ではないのだから。償いの方法があるとすれば、それは唯一、死者の復活くらいだろう。しかしだれがそれを叶えられる? 医者だって無理だ。すこしばかり命を長引かせるか、死の苦痛をやわらげるくらいが限界だろう。だからないよ、償いの方法なんて。結局償いなんてものは、なにをしたところで相手のためではない、自分の魂を救おうとする行為以外のなにものでもないのだから。ほんとうに心から済まないと思っているのなら、おとなしく反省だけすればいい。自分の苦しみの解決法をひとに提示してはいけない。本人にとっては気休めにしかならないし、他人にとっては見るに堪えないものだからね。それでもどうしても何かしたいのであれば、ロスカのためになることをすればいいじゃないか。相手の利益となるようなことをね。きみの心からの行為がどう受け取られるかはわからないけれど、相手の心の土壌によっては芽がでるかもしれないよ。とにかくね、セザンで罪人とならないセザン人を、わざわざ外国のひとが面倒を見やしないよ。きみがいくらセザンでの、きみが罪だと思う罪の告白をしたところで、リクトワールの監獄には入れてもらえないし、アクリやロスカできみが自ら刀や火を持ちだして事を起こしても、あちらの方々の迷惑となるだけだから、それはやめなさい」

 ハーシュメルトは項垂れて、アークの言葉を背中に受けていた。「きみはおかしいと思わないの?」

「思わないよ、きみが罰を受けるほうが理解できない。闘技場でキングがなにをしようと、セザンの法で認められているのだから」

 ハーシュメルトに張りのない落胆の目を向けられたため、アークは続ける。「倫理がどうとか言うつもりならそれははっきり、ぼくはおかしいと思うよ。乱暴な規則だと思う。けれどすくなくともこのセザンでは、ときに倫理よりも武勇に重きをおかれる。強者が絶対という風潮が存在する。だからなかなかキングの称号が廃止されない。長年の歴史がつくりあげてきた常識を、みな甲斐甲斐しく受け入れている。無論ぼくもそのうちのひとりだ。自分の不利益にならないことに対してひとは寛大でいられるからね。きみは当事者だから、これはおかしくないかとぼくに尋ねているが、おおよその人間はきみの抱える問題の是非など、気にもかけないだろうね。けれど、そう落ち込むことはない、ハーシュ。それをおかしいとおもう人間が現にいま、立ち上がっているではないか。きみをちゃんと非難する人間はいただろう?」

 該当する者の顔が浮かび、過去の己の愚行を恥じ、ハーシュメルトは堪えきれずに嗚咽をもらした。

「なぜいまになって後悔する? かれが皇族と知って怖気づいたか? けれどハーシュ、たとえかれらが一般市民だとしても、やはり殺してはいけないよ」

「そんなの当然のことだ」少年の声はか細く震えていた。「ぼくは自分の行動が理解できない。なぜあのとき怒りに支配されていたのか、事件とは無関係のロスカ人に殺意が沸いたのか。目の前に現れたのが事件の犯人ならまだわかる。他人がどう思おうとも! それともぼくはかれらを無意識に犯人だと思ったのか? いや、そうではない。かれらがどこのだれであれ、ロスカ人なのだから、無関係だとしてもぼくらとおなじ目にあえばいいと思った。やっぱりこの怒りはぼくのものか? ぼくの心が生みだした怒りに従っただけなのか? アーク、あの剣はずっとぼくの傍にいた。あの剣がエルトリアに関わるものなら、不思議な術がかけられているという可能性はまったくない? ロスカ人は、いくらエルトリア人から受け取ったからといって、ただの剣を国宝にするか? かれらもなにか特別な力を感じ取ったからこそ、あの剣を神と呼んでいるのではないの? ぼくはきっとあの剣に毒されたんだ! ぼくはあのときなにかのまじないにかけられていたのだ……そう思いたい」ハーシュメルトは痛々しいほど精神が不安定となり、涙声で途切れ途切れに苦しみを吐露していた。

 心配になって、アークがソファに力なく横たわる少年を覗きにいくが、かれは涙に濡れるクッションに顔をうずめ、アークの呼びかけにすこしも反応できないほどだった。

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