10-1
雪の降る季節にはいり、王都に静寂が訪れた。これから約60日間闘技場は閉鎖され、人びとは屋内で過ごし、のどかな日の光に包まれる時を深々と待つ。
自室の白い窓を背に、ハーシュメルトは手紙を読んでいた。前回のノーラル会場の勝者はリーズ・ベルヴィルだと知らせる、マクスベルト・コーマックからの手紙だった。手紙にはいつでも王都に行く準備は整っている、というリーズの伝言も書かれていた。
手紙を円卓に置くと、かれはルディアーノの座るソファへ移動し、父親から貰った読みかけの本を開いた。王都へ戻ってすぐかれは、ルディアーノに故郷での出来事を話した。ルディアーノは最後までかれに寄り添い、しずかに話を聞いていた。ハーシュメルトがどちらの本を先に読むか尋ねると、ルディアーノはダリアが好きだった物語を選んだ。
町を雪が覆っている。この数日ふたりはどちらかの部屋で過ごし、外国語を知らないルディアーノの横でハーシュメルトは本を読み聞かせていた。ハーシュメルトの体にもたれるルディアーノは本の頁を真剣に見つめ、物語の世界にはいり込んでいる。区切りのいいところで中断すると、ルディアーノはしきりに主人公の行く末を心配していた。ふと、窓の外を見ると、今朝降っていた雪はやみ、部屋中に明るい日差しが差し込んでいた。
同日の昼過ぎ、ヴァンクールとジークは朝からおこなっていた北通りの雪かきを再開していた。
「こんなことまで手伝わせて悪いな」ヴァンクールが、黙々と働くジークに声をかけた。
「いえ、動いているほうが気が紛れますから。それに、雪を見るのは初めてです」ジークは手袋を外し、故郷には降らない雪の感触を確かめていた。
ひと目を気にする必要のないほど通りにはまったくひとがおらず、音の気配すらないこのひとときは、ジークにわずかな心の安寧をもたらした。かれらは時おり会話をしながら重たい雪をすくって通りの隅に積み上げていたが、次第に聞こえてきた軽やかな話し声に気付いたジークは、顔を合わさぬよう俯いて、道のはしへ寄った。
数人の男たちがジークを通り過ぎようとしたとき、「ありがとう、とても歩きやすかった」という男の声がした。その言葉はヴァンクールに向けられたものとジークは思ったが、背後にひとの気配がし、俯いたまま様子を窺うと、ちかくに立ち止まっている足が目にはいった。おどろいて顔をあげると、黒い髪をひとつにまとめた青年が微笑みかけていた。青年の近くには5人の王宮騎士の制服を着た、いずれも壮年の男たちがおり、ジークを見ていたが冷たい視線は感じられなかった。
ジークはこの信じ難い状況に混乱と緊張が同時に走ったが、直感に従い青年の前にひれ伏した。
青年はジークの身を起こし、「そんなことはしなくていい」と伝えた。
異変に気付いたヴァンクールが、道の向かい側から不思議そうにかれらのやりとりを傍観しているうちに、青年は立ち去った。
だが、ひとりの騎士がヴァンクールの元へ戻り、「なぜロスカの者が頭を下げ、おまえはぼさっと突っ立ったままなのだ!」と叱責した。ヴァンクールの態度を終始見ていたのだ。
ヴァンクールは、「はっ」とひとまず返事をしたが、「誰ですか?」と正直に答えた。
「誰とはなんだ、誰とは! この無礼者! アークさまだ、アーノルフィニ国王陛下のご嫡男であられる!」毛量は豊富だが色彩はとうに色褪せた白髪の騎士は、顔を真っ赤にして怒った。髪と揃いの口ひげはちいさな草箒のようで、礼儀という礼儀を口から懸命に掻きだす役目を果たしていた。
動転したヴァンクールはすぐに追いかけ非礼を詫びたが、アークは笑っていた。
一行が去ったあとヴァンクールは、「なぜ王族とわかった」とジークに問う。
「王族とわかったわけではありませんが、色彩の多いあの方の服装から位が窺えましたし、臣下の者たちの威厳から、闘技場の王より身分の高いかたなのだと思いました」
「うむ、お見事」と唸るヴァンクールだが、かれにはその威厳のちがいはわからなかった。




