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ハーシュメルトたちがウォールレストへむかってから数日後、ルディアーノは絵具の買い足しに外へでた。王宮庭園から広場への大階段をおりると、そのまま真っ直ぐ大通りを歩いた。所々にある花屋には絶えずひとが集まっていた。男性も女性も、大切なひとに送る花をたのしそうに選ぶ和やかな光景は、セザンの平和な日常として永遠に残っていてほしいものだった。
大通りをかなり進んだところでルディアーノは左の路地へはいり、宿場や集合住宅のならぶ区域にあるユリエラの画材屋へはいった。
「あらルディアーノ! いらっしゃい。今日はひとり?」品物を並べながらユリエラが笑顔を見せた。
「こんにちはユリエラさん。ハーシュさまはいま、王都にいないんです」
「そう、あちこち行って忙しいのね。たまにだけど、ここへ来るわよ、王子さま、ひとりで。絶対あなたの話をしてから帰るの。好きで好きでたまらないといった感じね」
質問をされるからハーシュメルトは答えているだけなのだが、ユリエラはもうこの若い恋人たちが微笑ましくて仕方がないらしく、ついつい誇張してこのように伝えてしまうのである。
王都に知り合いの少ないルディアーノはしばらくユリエラの店に留まって、絵に関する雑談やクーラントに住む自称画家の老人の話を聞いて、ひと時を過ごした。
晴れやかな気持で買い物を終え、品物をいれた布袋を抱えながらルディアーノは帰り道の手段を考えていた。まだ陽は高く、このまま路地をゆっくり歩くか、大通りに出て馬車を使うか。ルディアーノは一旦近くにあった宿場前の花壇に座った。
ほとんどのひとが通りへ出る日中ということもあり、路地裏は人影がすくなかった。が、次第に声が聞こえてきた。辺りに誰もいないのだが、それでも止まぬ声に聞き耳を立てていると、張りのある野太い、聞き覚えのある声がおおきくなってくる。ルディアーノの胸は波打ち、立ち上がろうとしたが身がすくむ。すがるように布袋を抱え込み、右斜めむかいの建物の角を警戒していると、そこから嫌な予感通りヴァンクール・ドルレアンが現れ、目が合ってしまった。さらにその直後、あのロスカ人ジーク・エリオスも現れたのだ。走り去ろうとするとヴァンクールが待ってくれ、とさけび、まわりこまれてしまった。少女の前に立ちはだかるのはヴァンクールだけで、ジークは後方の離れた場所に立っていた。
怖くなって後ずさりするルディアーノにヴァンクールが声をかける。「セレヴィスさん、ルシアン・セレヴィスさんのご息女の、ルディアーノ・セレヴィスさん、ですよね?」
警戒しながらルディアーノが頷くと予想通りの答えだったのか、ヴァンクールも大きく頷いた。かなり気を使っているのか、その態度は謙虚で丁寧、かれらしからぬ話しぶりだった。
「あなたにお話があります。馬車で送りますから、わたしの家へ来ていただけませんか? あなたのところへ伺おうとしましたが、かれは王宮の敷地内にはいれませんから。どうか、お願いします。家には家内と子どももおります。家に我々3人だけになるということはありませんから」
「なんの話ですか?」ルディアーノの袋を掴む手に力がはいる。
「かれは4年前の襲撃事件の責任を感じてセザンに来ました。謝罪する機会を与えてやってはくれませんか」
「聞きたくありません」震えを懸命におさえ、声をだす。
「どうか、お願いします。あの事件の遺族はできる限り調べたが、だれも話すら聞こうとしない。気持はわかるのだが、これではかれがあまりにも不憫だ」
「セレヴィスさん」離れていたジークがルディアーノの前に来る。
「名を呼ばないでください」ルディアーノは涙目できつくロスカ人を睨み、距離をあけるため2、3歩後退した。「みなさんが話を聞きたがらないなら、わたしも同じです。それにあなたに謝ってもらう必要もありません。もうこの話はしないでください」
大通りへの道がおとなふたりに塞がれていては、路地から帰るしかない。ルディアーノは先ほどヴァンクールが現れた小道にはいろうと、うしろを向いた。
「待ってくれ、まだ聞きたいことが」ヴァンクールは走り去る少女を追い、手を伸ばす。
おとなの男に強い力で腕を掴まれ、ルディアーノは恐怖で怯み、体は硬直した。
ジークはヴァンクールの手をはずさせ、少女を壁際に追い込まぬよう立つ位置に気をつけた。「セレヴィスさん、あなたの気持を考え、謝罪のはなしはもうしません。ただ、これだけは聞いてほしい。セザン人を襲った者たちはわたしたちの仲間でも、同胞でも、兄弟でもありません。わたしはあの者たちをロスカ人と認めてはいません。あの者たちはセザン人だけでなく、リクトワール人も、そして我々ロスカ人の命も容赦なく奪います。わたしは赦さない。4年前、セザン人の命を奪った悪魔の一部はすでに処刑しました。残りすべての悪魔を捕らえるまで、わたしは戦います。我々の敵はセザンではありません。ロスカ人はセザンが好きです。セザンと争いたくないのです。どうか、すべてのロスカ人を憎まないでほしいのです」
ルディアーノは顔をそむけ、涙を拭いながら聞いていた。「わたしに言われても困ります。わたしはセザンの代表ではありません。わたしに言ったからって、セザン国民全員には伝わりません」
少女は父親を思い出していた。大好きだった父親を奪われた苦しみはけっして消えない。だが、傷だらけの体で帰ってきた父親からロスカを憎む言葉は一度もでなかった。負傷したセザン人たちを迅速に助け、介抱したのもまた、ロスカ人なのだから。
「ロスカを憎んではいけない」
父親の言葉が響く。しかし、ひしめく様々な思いにどう折り合いをつければいいのか少女にはまだその方法がわからず、涙があふれるだけだった。
「そうですね、ですが、あなただけでも伝えられてよかった。急に呼び止めてすみませんでした。さいきん路地裏は物騒だと聞きます。どうぞ、大通りのほうへ」そう言ってジークは道をあけた。
ヴァンクールは心のこりがあるのか、去ろうとするルディアーノに声をかけたがジークは、「もういいのです。ドルレアンさん、ありがとう」と寂し気に言った。
大通りへの道を進んでいるとひとの気配がして、ルディアーノは振り向く。ヴァンクールと、それを追うジークが目にはいった。まだ聞きたいことがあると言っていた。どうしてもあきらめられなかったのか、別れた直後であるのに追ってきたのだ。前方にはもうひとが見え、騒がしい声も聞こえてくる。恐怖心もやわらいでいたルディアーノは通りを目指しつつ、どうしようかと迷いながらも歩みを遅らせていた。




