4-2b
ハーシュメルトが自身の剣を抜くと、グランディオが止めにはいった。「なりません、ハーシュメルトさま。いちいち挑発にのらないでください」
「うるさい! 侮辱されて黙っていられるか! ひとの喧嘩に口出しするな!」
グランディオはハーシュメルトから剣を取り上げ、「生身の人間に真剣をむけないでください」と言ってアランにも目をやった。
「真剣でなければいいでしょう? べつにおれはベイルを切り刻みたいわけじゃないんです。自分のあやまちを認めさせたいだけです。そのつもりで偽物の剣は用意してきています。これならいいですよね? ルードベックさん、あなたが立ち会ってください、お願いします。決闘を許可してください」アランは仲間から木製の剣を2本受け取った。
「ハーシュメルトさま、このようなひとの集まる場所ではしたない。みな見ていますよ、怪我でもしたらどうするのです。やるなら正式に、闘技場内で剣闘試合としておこなってください」
ハーシュメルトはアランから木剣を奪い取ると、グランディオの元へ戻った。「みなが見てるからやるんだ。やめろと言われてもぼくはやる。決闘の申し出を受けたのはぼくだ!」そう言い捨ててアランへ近づき、ハーシュメルトは自身の剣を相手の剣に乱暴に打ちつけ、盾を持っていないことから剣先を相手の肩へ置いた。
最低限の荒っぽい作法に不意をつかれアランは苛立ったが、剣先を同じく相手の肩へ乗せようとしたとき、それをハーシュメルトに掴まれた。
「ぼくが勝ったら先の発言を撤回しろ」
アランは剣を引こうとしたが相手の力が強く、できなかった。かれも負けじと、「おれが勝てばベイルを妹のところへ連れて行き謝罪させろ。おまえへの制裁はそうだな、公衆の面前で無様に負ける屈辱で十分だろう」声高に笑う。
「まず先に撤回すると言え」ハーシュメルトはアランをまっすぐ睨みつけたまま、相手の剣を持つ左手に力をいれた。
「もちろん負けたときは撤回するさ。おれは卑怯な男ではないからな」
アランはちから一杯剣を引き、ハーシュメルトの手から逃れるとすぐに体勢を整えた。そしてアランが剣を振り、幾度か互いに剣を交えると、待ちに待ったというような見物人の声が沸いた。
「合図を待たずに始めるなんて卑怯者!」
叫ぶレイミーをウェルダーたちが引き連れ、すでに始まってしまったふたりの戦いを見物する人だかりの輪の中へ避難した。
王宮前の広場に面する闘技場の入口付近で騒ぎを起こしては、そこを行き交う人びとに何事かと足をとめられ注目されるのは免れない。騒動を聞きつけた者たちもわざわざ外出し、様子を見に来るありさまであった。女たちは事情を知らずとも無条件にハーシュメルトを応援したが、男たちのなかには悪意の目で品定めする者もいた。おおよその人間は、子どもたちが騎士を目指さなくなったこの時代に己の人生を捧げ、ハーシュメルトが意図しているかは別として騎士の時代を盛り返そうとしている若者に好意的であったが、なかにはハーシュメルトの実力を疑問視し、隙あらば飾り立てられた仮面を燃やし、脆弱な正体をあぶりだし「おれの指摘したとおり取るに足りない小僧だ」と嘲笑うきっかけを探す者もいたのだ。
グランディオは諦めて、人だかりの輪の中央で元気に動き回るふたりの少年を見守っていた。
「また始まりましたね」グレンがグランディオに声をかけたあと、ルディアーノの不安な表情に気付き、その繊細な肩に手を置いた。「心配いらない、いつものことだから」
「かれ、口には出しませんが気にしているのです、わたしの傀儡と言われていること。正当な手順を踏んでキングになったわけではありませんから、自尊心が傷つくのでしょう。実力不足だの不正だの言われると。まあ、そうさせたのはわたしなんですけどね」グランディオはルディアーノに微笑んだ。
「なぜそうまでしてハーシュさまにキングを譲ったのですか?」ルディアーノが聞く。
「みなが衝撃を受けるほど強い魅力をもった子どもを頂点に立たせたくてね。そうすれば幼い子は憧れ、同世代の少年は張り合って向上心を持ち、親世代は自分の息子をかれのようにキングを、とまではいかなくても騎士になるべく育てようとするでしょう? わたしにはその魅力が欠けていましたから、一から育てようと思ったのです。目的は騎士を増やすためです。まずまず成功しているでしょう? わたしのころは試合で会場が満席になることはなかった」
「でも心配です。もしいまハーシュさまが負けてしまったらと思うと」
「大丈夫です。もっと幼いときからかれを知っていますけど、試合に参加するようになった初めの頃はあまり勝てていませんでした。それでもすこし秘訣を教えてあげたら優勝してしまった。素質はありますよ。それにハーシュ君はああ見えて努力家です。ろくに稽古もしていない同世代の子に負けはしません」
グランディオの話を聞いて安心したルディアーノは、ひとだかりの輪の最前列でハーシュメルトの勇姿を見守った。
すでに息切れを起こしているアランはベイルを追いかけまわした先刻を後悔していた。
「なんだ、もう疲れ切ってるじゃないか」ハーシュメルトは動きの鈍ったアランを差し置き、ルディアーノを探しながらその場をうろつく。そして人だかりの前列にいるのを見つけると、かれは戦いを再開するためアランの正面に立った。
アランがかろうじて剣を構えると、ハーシュメルトはたたみかけるように攻撃を始めた。なんとか防ごうとアランは両手で剣を握りしめ、猛攻に耐えた。木剣の打ちつける音が鳴るたび歓声も大きくなり、人びとの目はふたりの少年に釘付けだった。反撃にでる余裕もなく身にふりかかる衝撃を死にもの狂いで受け止めるアランへ、ハーシュメルトは容赦なく前進する。アランは横へ逃げる一瞬の隙も与えられないまま後退させられていった。かれらが人だかりへ突入しそうになると、少年らを避けるため群衆は波のように左右にわかれた。ハーシュメルトは両側から声援を受けながら、アランを闘技場の外壁へ追い詰め、壁際に積み上げられた複数の木箱を見つけると相手をそこへ追い込んだ。焦りながら後退するアランの足がついに木箱に当たり、そのまま勢いよく後ろに転倒、盛大な音とともに木箱ごと崩れ、雑草まみれとなった。この雑草は闘技場で刈られたものだった。
勝利したハーシュメルトは両腕をあげ、幼い子どもがはじめて自力で魚を釣りあげたときのような無邪気な喜びの声をあげると、ウェルダーたち大勢の友人がかれの元に集まった。アランは仲間に助け起こされ、よごれた服を払っている。ウェルダーたちが発言を撤回するよう捲し立てたが、ハーシュメルトは黙って腰に手を当て待っていた。
セザンにおいて、敗者が潔く負けを認めないことはもっとも軽蔑されるおこないだと心得ているアランは悔しい気持を押しとどめ、渋々ではあるがハーシュメルトの前に立ち、下をむいて、「悪かったよ」と言った。
アランのふてくされた態度にレイミーは文句をつけたがハーシュメルトは、「もういいよ、勝負はついたんだから」と言い、持っていた木剣をアランの友人に渡した。
ほっとしたベイルはハーシュメルトに礼を述べたが、「アランの妹には謝れよ」と返される。
「どうして? きみが勝ったじゃないか」
「かんちがいするな。ぼくは自分の名誉のために戦ったんだ。それにもしぼくがきみのために戦ったのだとしても、アランの妹の涙がなかったことにはならないだろう?」ハーシュメルトは真面目な顔でベイルに言った。
気の済んだハーシュメルトは帰ろうとしたが、予告なくおこなわれたかれの決闘劇の勝利に盛り上がる友人たちが祝杯をあげたいと言うので、囲まれながら行きつけの酒場へ連れて行かれた。
ヴァンクールとジークはこの様子を終始、人だかりのうしろから見ていた。話しかける機会を失ったヴァンクールは、「また後日にしよう」と言って諦めた。
ジークはヴァンクールとともに去りながら、友人たちに慕われるハーシュメルトを、その姿が見えなくなるまで眺めていた。




