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KING  作者: 安三里禄史
四章
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20/77

4-1b

 側近を含む他の王宮騎士たちも口出しはせず、その場に立っていた。ロスカの母娘を囲んでいた騎士が離れた場所でコルチカに銃をむけ、仲間内で笑い合いながら発砲するような動作をしている非常さを目にしたルディアーノは、ただひとり怯えていた。

「わかった。じゃあいまここでわたしと勝負して」リーズが言う。

「それはできない。権利を得てからにしてくれ」

「じゃあすこしだけ待って。あと4枚で仮徽章15枚揃うから。それまでロスカ人に手をださないって約束して」

「指示したところで人心まで支配できない。騎士たちの勝手なおこないまで管理できないからね、無責任な約束はできない」

「じゃあやっぱりいまここであんたを張り倒すしかない」

「そんなことをすれば絞首刑」ハーシュメルトがため息まじりに言うと、側近たちは形式上キングの周囲へ配置についた。

 ハーシュメルトの近くで怯えているルディアーノを見兼ねたグレンが手招きし、「ほんとうに吊るしたりなんてしないから、安心して」と、落ち着かせるよう小声で伝えた。

「リーズ・ベルヴィル」テオジールが静かに威厳のある声をだす。「もう帰りなさい」

 鋭い目で見おろしてくるテオジールに負けるものかとリーズは立ち向かう。「まだ話は終わってない!」

「配慮はする」テオジールはそう告げて、リーズとコルチカに闘技場から出るよう促す。

 しかしリーズは腑に落ちず、「どうしてあなたが言うの? いまのキングはハーシュでしょ? ハーシュが約束するまでわたし帰れない!」と言いながらハーシュメルトの前へ戻ってきた。

「ぼくはロスカのために動くつもりはない」

 ハーシュメルトにそう言い切られたリーズは心苦しくなり、朗らかな兆候を頼りに渡っていた綱を無情にも切られ、奈落の底にまで突き落とされた気分になった。「ハーシュ、あんた前からそういう奴だった? 変わっちゃったの?」

 リーズは最後の望みをかけてたずねたが、かれは、「ぼくはなにも変わっていない」と答えた。

「ルディアーノ! あんたはハーシュがこんな奴でなんとも思わないの?」リーズはやりきれずルディアーノに問う。「おとなしそうな顔して、あんたもハーシュがロスカ人を見世物みたく殺してたのをとめもせず、楽しそうに見てたってわけ?」

 ルディアーノは息を呑む。会話の内容から状況を理解しようとしていたが、想像を超える悪質な現実にルディアーノの心は凍りつき、信じたくない想いから免罪の涙によって固まった心がどうにか溶けるよう、ひたすら頬を濡らすしかなかった。

「彼女はなにも知らない」ハーシュメルトはリーズに伝えたあと振り返ったが、ルディアーノは両手で顔を覆っていた。

 傷ついた子どもを慰めるよう、グレンがルディアーノの背中を擦りながらリーズに声をかける。「きみの言う正義はわかる。けれど、アストレーヴの人間のロスカに対する敵意は簡単に取り去ることはできない。被害にあった王宮騎士は顔馴染みでもあるし、この場には被害者の遺族がいる。きみの思う以上に根深い問題があるのだ」

 グレンが話しているあいだ、アーヴィンは腕を組み下をむいていた。テオジールはそのアーヴィンと、かれの兄と仲の良かったキースの動きに気をくばる。あの襲撃事件とは無関係だとしても、ロスカ人というだけで憎しみの対象となっている現在、目の前の少年になにをしでかすかわからないからだ。

 リーズは失望していた。気さくな少年の本性は、リーズが最も嫌う類の典型的なセザン人そのものだった。異種族を受け入れず見下し、冷酷な誇りにまみれたセザン人。リーズは自分がセザン人であることを嫌悪するほど、セザン人もセザンも大嫌いだった。リーズはまるで別人となってしまったハーシュメルトを心の奥では見限れず、情に訴えてみようかとも思ったが、堂々巡りとなってさらなる厳しい言葉を聞きたくなかったため押し黙ってしまった。

「王都で待ってるよ」ハーシュメルトは度々ルディアーノを気にしながらリーズに伝える。「状況を変えたいと思う者が勝者となるしかないだろ」とにかくこのどうでもいい諍いをはやく切り上げたかったのだ。

「わかった。わたし、あなたに勝ってキングになる。キングになって腐ったセザン人の精神を叩き直してやるから。行こう、コルチカ」リーズは覚悟を決め、そう宣言するとコルチカを引っ張って闘技場を立ち去った。



 夕方になり、グランディオはノーラル会場の隣にあるキングの屋敷の食卓で、ロスカ人集落の話をしていた。ノーラルより北の海と山のあいだに、ロスカから逃れた者が住み着くようになったのだという。コーマックによると、ノーラルの村びとたちはそれを不快に思い衝突が避けられない状態となっていたが、そのたびにベルヴィル兄妹が庇っていたようである。

「村の人間は兄妹を逆賊だと言って、あまり快く思っていないようですよ」

「当然でしょう!」グランディオの説明にキースが語気を強める。

「すこしは食べなさい」テオジールが隣に座る放心状態のルディアーノを気遣う。

 ルディアーノはひとつ空いた席を見ながら涙を流していた。

「あくまでもキングとしての行動です。緊迫した状況のなか、なんの前触れもなくロスカ人がサンセベリアへやってきたのです。何事かと思うでしょう。とても歓迎なんてできません。かれの行動はセザンを想ってのこと。立場上、自分の本意でなくてもしなければならないこともあるのですよ」グランディオは純真無垢なルディアーノに配慮した。

「ハーシュさまが手にかけたことは本当?」ルディアーノは正面にいるグランディオに聞く。

「セザンのためです」

「いつ頃のことですか?」

「あなたが屋敷へ来る直前です」

 ルディアーノはとめどなくあふれる涙を拭って、「ごちそうさまでした」と呟き席を立とうとした。

「ああ、待って、ルディアーノ。これをハーシュ君へ持って行ってあげて」グランディオは呼び止め、パンと燻製肉、蒸し野菜を乗せた皿をルディアーノに渡した。「話を聞いてあげてください」

「なんと声をかけたら良いか」ルディアーノはためらう。

「大丈夫、隣に座って肩にでも手を置いてあげれば、むこうから口をひらきますから。ときに優しく頷いて、黙って聞いていればいいですよ。己の弁明に始まり、わたしの悪口でも言って、あなたへ反省の弁でも述べれば気が済むでしょうから、落ち着いたらこれを食べさせて、寝かしつけてください。そうしたらあなたも部屋に戻って休んでください。明日早めに出発しますから」

 皿の中央に卵を乗せ、上からソースをかけてやるといったアーヴィンの心遣いを待ち、ルディアーノはハーシュメルトのいる部屋へ行くため階段をのぼった。

 部屋にはいると、ハーシュメルトは暖炉と向き合うよう配置されたソファに座っていた。膝に肘をついて項垂れており、表情は長い髪で遮られ、見えなかった。ルディアーノは皿をソファの前の背の低いテーブルへ置き、かれの隣へ座った。山林に囲まれるようにして建つこの屋敷まで村びとの生活の音は届かず、閑散としていて、風に揺られる木の葉の音だけが耳に届く。ルディアーノがハーシュメルトの肩に手を置くと、項垂れる少年は両手で頭を抱えた。

「ぼくは命じていない。かれらが勝手にやったことだ。ぼくのいないところでは好き勝手やるんだな。ぼくを子どもだと軽く見ているんだ。どうせぼくはつくられた王だからな。みな顔色を窺うのはぼくでなく、グランディオのほうなんだ。あのひともぼくに好きなようにやれと言うくせにいつも口出しするし、結局は利用しているだけなんだろう。ねえルディ、ぼくのこと全部聞いた?」

 ルディアーノは、「はい」と小さく答える。

「リーズの言っていたことは事実さ。ルディ、ぼくのおこないは間違ってる?」

 問われたルディアーノはかれの肩に添えている自身の手に額をつける。「お気持はわかります、セザンのためというのもわかります、けれど心から喜べるおこないではありません」

「わかってるそんなこと。事件の犯人とあのロスカ人たちが別人だってことくらいわかってる、わかってるよ、わかってるけどどうしてもだめなんだ。あの褐色の肌を見るとどうしても怒りがとめられない」ハーシュメルトはさらに頭を抱え込む。

「ハーシュさま、わたしだってロスカが憎い。でもどうか、もうおやめください。あなたがこのように苦しむ姿を見たくはないのです」

「ルディ」かれは手を解き、ようやく顔をあげた。「これだけはわかってほしい。たしかにぼくはきみと知り合う前、闘技場でロスカ人を手にかけた。けどセザンにいるロスカ人を殺せだなんて指示はしていない。情けない話、きみにばかり夢中で本来やるべき仕事を疎かにしていた。ちゃんと管理できていなかったんだ。各地の動きをなにも把握できていなかった。リーズから手紙をもらわなければ、ずっと知らないままだったかもしれない。これではいけないね、やるべきことをやらない人間に従う者はいない。ぼくは改めるよ、だから、その」かれは言いかけて座りなおし、「これだけは聞きたいんだけど」ルディアーノの指先に触れて問う。「きみはぼくのことを嫌いになっただろうか」

 ルディアーノは微笑み首を横に振って、肩から流れるハーシュメルトの髪を整えていた。

「そっか」ハーシュメルトの口調にあかるさが戻り、ゆるんだ口元をごまかすようにテーブルの皿に目を向けた。「これ、ぼくの?」

 ルディアーノが皿の上のフォークを手渡すと、かれは遊び終えて腹をすかせた子どものように食べ始めた。そのあいだルディアーノは、かれのたわいない話をそばで聞いていた。

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