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デートですが私はこれをデートだとは認めません

『おぉ、ローメオ! あなたはどうしてロメオなの』


『愛しのジューリエ!』


 舞台のセットでバルコニーから身を乗り出し、愛の言葉を紡ぐ役者達。

 いわゆる『ロミオとジュリエット』のこの世界バージョンだ。

 主人公とヒロインの名前が微妙に違う。

 内容も前世のロミオとジュリエットと大筋は同じ。

 愛し合う二人が、家の事情で引き裂かれ、悲劇に見舞われる物語。


 でもロミオとジュリエットとは違って、こちらは最後はハッピーエンド。

 昔から何度も舞台公演が行われている人気作だ。

 

 ……どうせなら、今いるこの世界をハッピーエンドで書いてほしかった、と願うのはわがままかしら。

 わざわざBADENDなロミオとジュリエットをハッピーエンドに変えてまでゲームの中に登場させるぐらいだもの。

 BADENDよりはハッピーエンドが好きなシナリオライターが書いたんじゃないのかしらね?

 略奪だの逆ハーだのしなければ、トゥルーエンドでハッピーエンドにはなるのだから、この世界もシナリオライター的にはハッピーエンドな世界なのかもしれないけれど。

 

 私は、舞台を見つつ、お姉様達を覗き見る。


 私の席からは、一番前の特等席でルシアンお姉様とレーゼンベルク様、そして隣にマリー様が並んで座っている後ろ姿が見える。

 今期の舞台は劇団の中でも特に人気の高い美人オペラ歌手がヒロインを演じるから、チケットを取るのは相当困難だったと思う。

 平民なら、まずチケットが取れない。 

 ルシアンお姉様を愛するレーゼンベルク様の気合がうかがえる。

 きっと、ルシアンお姉様に喜んでもらいたい一心で、随分前から予約したんだろうなと思う。

 

 後ろ姿だから、レーゼンベルク様のお顔はよく見えない。

 けれど、その表情は見えなくとも、レーゼンベルク様のお顔はずっとお姉様の横顔を見つめているのがわかる。

 レーゼンベルク様、本当にお姉様だけしか見ていない。


 覗き見してしまっているこちらまで恥ずかしくなってくるぐらい、レーゼンベルク様は一途。

 せっかくの人気舞台なのに、彼にとってはお姉様を見つめることのほうが大切なのね。

 まぁ、わかっていた事ですけど。


 そして見つめられ続けるお姉様は、時折ちらっとレーゼンベルク様を見ては目があってしまって、さりげなさを装いながら舞台に目を戻している。


 でも横顔に注がれるレーゼンベルク様の熱いまなざしは感じるのか、ちら、ちらっと、横を気にしている。

 観客席は薄暗いし、お姉様の表情は見えないのだけれど、きっと、頬が赤く染まっているわね。

 なんとなく、そんな気配が伝わってくるのよ。

 双子だからかしら。

 とても良い雰囲気で、私も扇子の陰で思わず微笑みたくなるぐらい。


 っと、マリー様は大丈夫かしらね?

 マリー様の最愛の兄であるレーゼンベルク様が、こんなにもルシアンお姉様ばかり見ているのを見たら、激怒しないかしら。


 後ろ姿を見る限り、マリー様は舞台に夢中のようだけれど……。

 

 マリー様の小さな頭は、ずっと舞台のほうを見つめていて、隣に座るレーゼンベルク様を少しも見ていない。

 普段なら、レーゼンベルク様だけを見つめる勢いなのに。

 人気オペラ歌手の演技力と歌唱力が、マリー様のお兄様熱を奪ってくれているのかしら。

 マリー様は、ゲームの中でもお姉様とレーゼンベルク様の仲をこれでもかというほど邪魔してくる存在。

 舞台に見入ってくれるのは助かるわね。

 このまま最後まで、レーゼンベルク様がお姉様を見つめていることに気づかないでもらえればいいのだけれど。


 ……それとも、もしかしたら気づいているのかしら。


 良く見えるとはいえ、お姉様達の席から私の席までは十分な距離がある。

 それでも、レーゼンベルク様とお姉様の良い雰囲気は伝わってくるのだもの。

 隣に座るマリー様が気づかないのはちょっと無い事な気がするわ。


 さすがに時と場合はわきまえる?

 いえ、マリー様に限ってそれはないわね。


 マリー様は、世界の中心は自分だと思っている。

 だから気に入らないことがあれば、我慢なんてしない。

 

 たとえ人気の舞台であろうとも、その権力をもってして途中で止めて文句を言うでしょうし、立ち上がってお姉様とレーゼンベルク様の間に割り込んで座りそう。


 あぁ、もしかしたら、レーゼンベルク様が先にくぎを刺しておいたのかもしれないわね。

 彼は、お姉様にべたぼれでヤンデレな人で、お姉様の事となると常識が吹っ飛ぶけれど、それ以外はいたってまともな方だから。

 マリー様には不服かもしれないけれど、このまま、お姉様とレーゼンベルク様の邪魔をせずに、最後までオペラを楽しんでほしい。


 

「ふぅ……」


 私はほっとして、肩の力を抜く。

 どうなることかと思っていたお姉様のデートイベントは、無事にこなせそう。

 

「ため息ついて、疲れたか?」


 ふいに横からかけられた声に、私はびくっとして振り向いた。

 

 そこには、ロイスが面白そうに紫の瞳を細めて笑っている。

 すっかり、存在を忘れていたわ。

 というより、最後まで忘れていたかった。


「いえ、そんなことはありませんわ。素晴らしい歌声ですもの」


 舞台の上では、美しいヒロインがその美声を余すことなく披露している。

 澄んだ歌声は、お姉様と二人で観に来ていたなら、私も舞台に見入っていたんじゃないかしら。

 ただ、ねぇ……。



 どうして、ロイスと来る羽目になったのでしょうね?



 私は盛大にため息をつきたいのをぐっとこらえ、舞台に集中する振りをする。

 ルシアンお姉様とレーゼンベルク様も観るのを楽しみにしていたから、このオペラを私も観ることに否定はない。

 でも。

 

 ちらっと扇子の影からロイスを窺うと、やっぱり面白そうに私を見ていて、居心地が悪い。


『週末楽しみにしているよ』


 洋菓子店からの帰りの馬車でロイスはそう言っていたけれど、私ははっきりきっぱり断っていたし、それで済んだと思っていたのだ。


 けれど昨日学園で、ロイスに捕まりこのオペラのチケットとともに言われたのだ―― お姉様とレーゼンベルクが心配じゃない?――と。


 マリー様とは洋菓子店で出会ってしまったから、フロランタンではなくマドレーヌのプレゼントがどこまで有効かわからないし、マリー様がどんな嫌がらせをお姉様に仕掛けてくるかわからない。

 レーゼンベルク様だってお姉様一筋の人だけれど、それ故に、お姉様を独占しようとしすぎてトラブルを起こす可能性は十分にある。

 そして肝心のお姉様は無自覚天然令嬢だ。

 不安しかないし、側で見守れるなら、見守りたい。

 何か起こったら、偶然を装って止めに行きたい。


 破滅の運命を回避するという目標が私にはあるけれど、お姉様とは双子の姉妹。

 お姉様が傷つけられたりするのは、正直言って避けたい。

 大事な家族なのだから。

 それには、同じ場所にいる必要があるわけで……。


 ぐぬぬと悩む私の前に、ロイスはぴらっと座席表を見せた。

 お姉様たちをばっちり見れて、なのにお姉様たちからは気付かれ辛い絶妙な座席の位置と、チケットの席番を示されて、私は渋々、本当に渋々ロイスとのデートに応じることになったのだ。


 お姉様たちを見守れるのはありがたいけれど、なぜにロイスといなければならないのか。

 ロイスがかまうのは、本来はヒロインであるミュリエルでしょう。

 庶民育ちのミュリエルは、表情豊かで愛くるしい。

 あまり感情を表さないことが基本である貴族令嬢に囲まれているロイスにとって、ミュリエルは興味深い相手になるのだ。


 ゲームならだんだんとフラグを回収して、興味から恋愛感情へ変わっていくのだけれど、現実ではちょっかい出されているのはなぜか私。

 ビタールートを進みつつあるミュリエルに興味をもたれるよりは、いいと言えばいいのだけれど。

 私に婚約者はいませんし、モブの私が攻略対象のロイスといようと、おそらく、いえ、絶対、破滅ルートとは関係ないでしょうから。

 そうでなければ、この世界は破滅しかないはず。

 だって、すべての人が清く正しく真っ当なカップルとして生きているなんて、そんな幻想、ありはしないのですから。

 パーティーに行けば、否が応でもいろいろと噂が入ってきますからね。

 どこそこの伯爵夫人と男爵家の……とか。

 噂が真実とは限らないけれど、そのいくつかの現場を見た事のある私としては、ロイスが私にかまっていても、破滅は無いと信じたい。


 でも、私にロイスの興味を引くような、面白い要素なんて何もないと思う。

 子供の頃から知った仲だし、昔は一緒に木登りしたりなんだり、一緒にメイド達を困らせたりしていたけれど、今の私は当然、木登りなんてしませんし。

 

 表情だってそう。

 お姉様よりは表情が出やすいとは思うけれど、それでも、一般貴族令嬢の域を超えたりはしていないはず。

 ミュリエルのように、愛くるしい笑顔なんてしていないはず。

 乙女ゲームの中でも私の立ち位置はモブだったから、これといって特徴的な特技もない。


 双子だから、悪役令嬢たるお姉様と顔がそっくりだというだけ。

 私の何がロイスの興味をひいてしまったのか、まるで分らない。

 破滅エンドを逃れるためにも、お姉様とミュリエルのこと以外で頭を悩ませたくないのだけれど。


 何度目かの溜息をググッと押し殺し、私は扇子を握りしめる。

 ――ロイスの視線は、劇の間中ずっと感じることになった。

 

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