橘響夜 8月14日 午前9時17分 渡良瀬市 市街地
一本満足バーって一本で満足出来ませんよね?
「響夜、これは拙い状況だと思う」
「俺も同意見だよ」
俺は素っ気無い返事を運転席にいる準一に返した。
現在、住宅街の一本道を大量の奴らが塞いでいる。その数は数百近いだろう。しかもこの道幅では、ユーターンも望めない。
「うわああ!響夜さん!どうするんですか!?」
寛人の奴もパニクっている。キャラなど関係無しに絶叫している。俺は、この状況での絶叫は奴らを呼び寄せるだけだと思うのだが、どうせもう気付かれている訳だし、気にしないことにした。
「あー、突っ切るのは拙いだろうな」
後ろで矢島が呟いた。
俺も頷く。この状況で奴らの中心を突っ走れば、間違いなく車は止まる。数が多いとかそういったことではなく、轢き殺した奴らの肉とかがタイヤに挟まってだ。もちろんハンビーが停車してしまえば、俺達はGAME OVERだ。
恐らく、奴らに引きずり出されて、身体を食い尽くされる。それだけは避けたいものだ。
「選択肢としては、バックで戻る事だな。だがしかし、ここまで来て戻るというのも惜しい。どうするか?」
俺は腰を浮かせ、ハンビーのドアを開けて、外に出た。
「おい、何処に行くつもりだ?」
準一が俺に尋ねてきたが、俺は答えなかった。
俺は奴らが後、十五メートル程まで迫っている中、気にせず後ろに視線を移した。目当ての場所は……、あった。
ハンビーの十メートル程後ろの民家にはシャッター付きのガレージがある。そして、ガレージのシャッターは開いている状態だ。
俺はよし、と笑みを浮かべて、急いで助手席まで戻った。時間はあまり無い。
「準一!後ろにガレージ見えるだろ。あそこにバックで停めろ。あ、もちろん中にだぞ」
「任せろ」
準一が短く呟いて、アクセルを踏んだ。
ハンビーはエンジンを吹かせ、後ろに走り始めようとする。
「それと寛人。顔を引っ込めないと、晒し首状態になるぞ」
要するに、首が切断されるという事である。
寛人は身震いし、直ぐに身体を引っ込めた。それに続いて、ハンビー内に衝撃が走る。ハンビーがギアをバックに変更して、アクセルを全開にしたせいだ。
「しっかり掴まってろ!」
俺は後ろの三人にむかって叫んだ。
それとほぼ同時にハンビーは準一の華麗な運転テクニックにより、車庫へと一直線に向かう。もちろんバックのまま。
このまま順調に行けば良かったのだがしかし……、
ハンビーは何故か車庫の三メートルほど前で急停車してしまった。
「あ?クソッ!ヤバイぞ!」
エンストらしい。準一さんが必死にキーを回すが、エンジンがかかる様子はない。
しかも、盛大にエンジンの音を響かせたせいで、奴らは確実にこちらに向かってくるスピードをあげている。
「準一!動かせそうか?」
「……っ!分からない!」
俺は必死に準一がキーを回す様子を見ていたが、まったく動き出す気配がしない。生き残れたら、修理する必要がありそうだ。
しかし修理の前に、何とかこの窮地から抜け出さなくてはいけない。
そのための手段は、一つ思い浮かんだ。
「よし。俺が車庫までコイツを押していく」
「「……は?」」
全員が口を揃えて声を出した。
「いやいや、それは幾らなんでも冗談ですよね?」
「いや、結構本気だが何か?」
俺はそれだけ言い、外に飛び出した。後ろから誰かが叫んでいた気がしたが、無視する。時間はあまり残されてはいない。
俺は急いでハンビーの前方に向かい、手を車体に掛けた。
「ようし。行くぞぉおおおおおおおお!!」
ハンビーは掛け声と共に、後ろに動き始めた。中にいる他の四人が目を丸くしているが気にしない。そのまま、俺は数メートルの距離を一気に詰め、ガレージにハンビーを押し込んだ。
完全にハンビーがガレージに入ったところで、俺はシャッターを思い切り閉めた。それとほぼ同時に、外の奴らがシャッターに押し寄せたらしく、ガンガンとシャッターを叩く音が薄暗いガレージ内に響いた。
「……ふう、間一髪ってトコだな」
俺は車内で呆然としている四人を見て、親指で合図する。その合図で我に返った準一が後ろの三人を促す。後ろの三人もハンビーから降り、これで全員がハンビーから降りた。
「さて。全員無事だったし、どうやってここからあの屋敷まで向かうかを考えようか」
「あ、さっきの力技は敢えてスルーの方向なんですね」
「もちろんだ。何も驚く事はないからな」
かなりの疑問を顔に浮かべている寛人だったが、事態が事態なのでこれ以上質問してくることは無かった。まあ、確かに腰が少々痛い。
それよりも、問題はこれからどうするかだ。
「まず、状況としては最悪だ。外の数からして、あいつ等を何とかしないとここを出ようにも出れない。で、今からそのための策を考えるわけだが……」
俺はハンビーの横で、極度の緊張で疲れきった表情を浮かべている面々にさり気無く話題を振ってみる。
「ああー、助けを呼ぶ?」
矢島がやる気のない声で案を出してきた。
「それは無理っぽい。無線機使って、仲間を呼べば余計に被害が出るかもしれない。だから基本的に俺達だけで何とかしよう」
「じゃあ、あいつ等の注意を誰かが引き寄せて、その隙にハンビーで出発っていうのはどうですか?」
「相変わらず寛人の考えはストレートだな。じゃあ、逆に質問だ。引き寄せる役は誰がやるんだ?ソイツはどうやって逃げる?」
「は、ハンビーで逃げるんじゃないですか?」
「馬鹿。ハンビーはもう出発した後だろ。ハンビーで行くなら、引き寄せる役は俺達の目指しているのとは逆方向に奴らを引き寄せないと駄目だ。すると自然に囮役の奴は取り残される」
「あ、あの、なら徒歩で行くのはどうでしょうか?」
「それが一番いい考えだが、この人数を連れてしかもこの面子で行くのは不安だな。阿久津さんの案になった場合、恐らく塀の上を歩く事になる。この中で絶対に落ちないという自信がある奴はいるか?」
「俺はいけるぜ。体育会系だしな」
「ぼ、僕も多分」
「私は少し不安かも……、平均台とか苦手ですし」
「一人でも不安な奴が居るなら、この案は無理だ。不安は緊張を生むし、何より落ちたら助けられない。かといって、ここに阿久津さんだけ残していくも不安だ。たとえ準一が阿久津さんのお守として残るとしても、ここで二つに分かれることには賛成しかねるな」
俺は個々の意見を冷静に分析した。
その結果がこれだ。何一つ、打開策といえるものは見つからない。もしこのまま打開策が見つからなければ、篭城という最低の選択肢しかなくなる。持ってきた食糧も二日分しかないし、長期戦には耐えられない。かといって、学園のメンバーを動かせば犠牲が出る可能性が大だ。
「うわあ。もしかして万策尽きたって感じですかね?」
「困りましたね。私もいい案は思い浮かびません」
「俺もだ。すまない、響夜」
「チクショウ。こんなことになるんなら、腹いっぱい飯を食っとくんだったぜ。くそー、焼肉食いてー」
俺も溜息しか吐けない。
この場での最善策は皆で焼肉をやることなのかもしれない。そうすれば、多分元気が出る。
「でもな、肉がないと焼肉には……っ!!」
俺は言葉を切った。
焼肉。この単語が頭に引っ掛かったからだ。焼肉には肉が必要だ。そして火。この二つの材料と、今の状況を照らし合わせてみる。
(そうだ。いい事思いついた。もっと早く気がつくべきだったか?)
俺は顔に笑みを浮かべ、四人の顔を見た。全員が、この状況で笑っている俺を化け物でも見るかのような目で睨んでいる。
「矢島、焼肉やりたいか?」
「ああ。もちろんだぜ」
「じゃ、始めよう。特大の焼肉パーティだ。矢島と準一で、この家の灯油持って来い。全部だ、全部。阿久津さんと寛人はガレージの前で騒いでる奴等を集めておけ」
「「は、はいっ!」」
四人は俺の妙に気合の入った声に乗せられて、力強い返事を返した。
まず、矢島と準一は灯油を求め、ガレージから出て行った。目的地は家の裏のタンクだ。阿久津さんと寛人もガレージ内に置いてあった梯子を持って、ガレージの屋根に上がっていった。恐らく、屋根でも叩いて大きな音を出す作戦だろう。
出て行く間際、寛人が振り向いて尋ねてきた。
「あの、響夜さん。どうして奴らを集めるんですか?」
「何故って。パーティってのは、人が大勢居た方が楽しいだろうよ?」
途轍もなく可笑しな答えだが、寛人は首を傾げながらもガレージを後にした。
一人になった俺はこっそりエロ本を出したり……、では無く、パーティの下準備に取り掛かった。
二十分程で、もう一度全員がガレージ内に集合した。
全員が準一達の後ろには赤いポリタンクが五個ほど置いてある。随分とこの家には灯油があったようだ。阿久津さんと寛人も一度、奴らを引き寄せる作業を中断して戻ってきた。
全員揃ったのを確認してから、俺は口を開いた。
「ご苦労さん。それで、これからパーティを始めたいと思う。ゲストは外の皆さんだ。詳細については、屋根に上がってから説明しようか」
俺は満面の笑みでそう告げ、四人をガレージの外へと促した。
ガレージは道路側だけではなく、もちろん家の庭にも通じている。俺達はまず、庭に出てから梯子を使って屋根へと移動することになる。順番は、俺が最後尾を行く、と言ったら阿久津さんが顔を真っ赤にして反対したので、没になった。何故だ? と理由を聞いたら何故だか三人から白い目で見られる羽目になった。女心というものはよく分からない。
結局、順番は俺が先頭で次に準一、寛人、矢島、阿久津さんになった。もう一度言うが、俺は阿久津さんが最後尾というのは危ないと思う。
登るうえで、一番の苦行だったのは灯油のポリタンクだ。五個を持って登るのは不可能なので、ロープで結んで、上から引っ張りあげることになった。
何とか屋根まで登りきった俺達は、道路に面した場所から下を見下ろした。それに気付いたのか、奴らもこちらを喰らおうと手を伸ばしてきている。今更ながら、鳥肌が立った。
俺は唾を吐いて、
「胸糞悪い光景だな。さっさと終らせよう。準一、ポリタンクの中の灯油をさっき拾ったバケツに入れろ。あいつ等に満遍なくかけて差し上げろ」
準一は黙ってバケツに灯油を注ぎ、それをぶちまけ始めた。
灯油は集まってきた数百匹の奴らにバシャバシャと降り注いだ。ポリタンク五個分の灯油を撒き終えると、俺は止めの最終兵器を懐から取り出した。
「それは何ですか?」
寛人は俺の右手に握られている瓶を見つめている。
「ん?火炎瓶」
俺は微笑んで答えた。そして火炎瓶を構え、盛大に宣言する。
「さあ!焼肉パーティを始めようか。食えないけど、喰われないからマシだろう?」
俺は思い切り、奴らの真ん中に火炎瓶を投げ込んだ。空中でくるくると回転しながら、火炎瓶は真ん中に居たワイシャツを着ている奴の脳天に直撃し、盛大に中身をぶちまけた。そして引火する。
撒いていた灯油のお陰で、炎はあっという間に奴らに燃え移り、焼肉パーティが始まった。
ただし感想は、
「あいつ等って、燃えると臭いんだな……」
だった。
他の四人も目の前で燃えている奴らを見て、言葉を失っている。まあ、元は人間だったのだから仕方がないだろう。
しかし、今は燃焼中の奴らに目を奪われている場合ではない。
「おい、見惚れてないで行くぞ。時間が無い」
俺は四人を急かした。
「あ、ああ。そうだな。すまない、俺も少し目を奪われていたかも知れない。……酷い光景だったからな」
「俺達はこんなことで悲しんでいられない。生き残りたいのならな」
短く会話し、俺達は梯子を降りた。
手早く荷物をまとめ、ハンビーに四人が乗り込む。俺は最後まで車外でシャッターを開ける係になった。
準一が運転席でキーを差し込み、俺が下準備の合間に直しておいたハンビーがエンジンを吹かした。俺はそれを確認して、シャッターを開いた。それと同時に熱気が押し寄せる。ハンビーは耐熱性が備わっているので、この程度なら耐えられる。ハンビーは俺がシャッターを開いている間に、外へと勢いよく飛び出していった。
俺もそれを確認してから、外へと素早く移動した。燃え盛る死体の中を進むのは気が進まなかったが、通らなくては出られないので、燃える死体を踏みながら火の手がないところまで移動した。
俺が炎から抜け出したところで、ハンビーの窓から準一が顔を出した。
「スリル満点だったな。お疲れ様」
「……死体を踏みながら歩くのはもう御免だな」
俺は適当に切り返し、俺達が学園からやって来た方角の道。これから目指すのとは正反対の道を見つめた。
「はあ~、ツイてないんだよな」
俺は半ば諦めの溜息を吐いた。
俺の視線の先には、今焼いた奴らの三分の一ほどの奴らが集まってきていた。あいつ等はどこまでもついてくるだろう。
「よし。俺が時間を稼ぐから、後で回収してくれ。頼んだぞ!」
俺は準一に向かって叫び、89式小銃を構えた。そして突撃を掛ける。
後ろで何だか準一が叫んでいるが、今の俺の宣言に対しての異存は認めない。ふと、振り返ればハンビーは俺とは反対方向に去っていくところだった。
「相変わらず聞き分けのいい奴だな。ま、だからこそ親友っていうんだろうが」
俺は不敵な笑みを浮かべて、前方の敵を睨んだ。
「虐殺ステージの始まりを宣言させてもらうぞ」
俺は容赦なく、89式小銃を撃ち放った。
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