橘響夜 8月13日 午前10時44分 渡良瀬市 私立律明学園
本当は活動休止中なんですが、奇跡的に時間が余ったので無事更新です。
久しぶりということで、何時もよりもボリュームは多めですので、お楽しみください。恐らく次の更新は三月中旬ごろになると思いますが、もしかしたら奇跡が起こり、更新できる可能性も無きにしも非ずです。
「それで――――、結果を報告してくれ」
俺は今、冷房の効いた警備室で週刊雑誌(発刊日は一月前)を暇つぶし程度に読んでいた。そこに白鳥と松山が俺が頼んだ仕事の結果の報告をしに来たのが今の現状だ。
「単刀直入に言わせて貰います。生ものは、ほぼ全滅でした」
「それは想定範囲内だ。ご苦労様だったな」
俺は軽い笑顔で、真夏の重労働をこなした二人を労った。
この二人に任せた仕事は、この学校に蓄えられている食糧や水の残数確認だ。食糧庫は学園の食堂の厨房に定めてあり、大型の冷蔵庫も十個ほどあるので、最適だったのだ。
「……まあ、それに関しては対策を打たないと拙い。ああ、非常に拙い」
俺は舌を打ち、床に雑誌を乱暴に投げた。
もちろん、こうなったのには訳がある。
昨日、久しぶりに雨が降ったのだった。これでもかというほどに、暴風と雷雨が吹き荒れたのだった。補強中の見張り台が壊れただけでも一大事だというのに、一発の雷が校舎に直撃して、一晩中停電になった時には思わず、「不幸だー!」と叫びそうになっていた。
まあしかし、幾ら自分の不運を呪っても失った食糧は返らないので、俺は嘆くことを早々に止めていた。
「しっかし、久々に雨が降ったと思ったらロクなことにならないな。しかも翌日はこの晴れ様だ。湿度も気温も高けりゃ、腐るのも無理ないだろう」
俺は椅子から立ち上がり、呟いた。
昔、理科の授業で露点やら水蒸気の授業を受けたことがあるが、実感したのは初めてだった。腐った食糧はというと、この時期の食中毒は怖いといっていた近所のオバさんの意見を尊重し、全部朝の内に焼却してしまった。
「で、どうします?食糧の調達は最優先事項だと思うんですが?」
松山が額から汗を垂らしながら、聞いてくる。
「ああ、まったくだ。というか、簡単に言うな。この状況にこの時期だ、どうやって食糧を集めるんだ?」
「それは隊長の考えることでは?俺たちは隊長の命令に従うだけですから」
「……っ!そうかそうか、ならお前たちは俺が死ねと言ったら死ぬんだな?自分で考えるということはしないんだな?」
「――――隊長、例えが大げさ過ぎです。このままだと、とても幼稚な会話になると思うんですが?」
うわーっ、と俺は頭を掻き毟る。
暑いのも苛々するし、食糧が少なくて俺達の朝飯が無かった事も、部下に簡単に自分の意見をあしらわれたことも苛々する。
「ちょっと待て。さっきからここの気温が上がってきていないか?」
「ん?ああ、はい。電力の節約ということで、五分前から冷房を切って貰ってます」
俺はもう喋る気力も無くし、もう一度椅子に座り込んだ。
(普通、このクソ暑い日に冷房を切る馬鹿がどこの世界にいるんだ? あ、ここにいたか)
俺はノリツッコミのコントを心の中で行い、とりあえず現状を立て直すための行動に移ることにした。ここでうだうだしてても、きっと状況は変わらない。動かなくては。
俺はもう一度、気を入れなおして椅子から立ち上がった。
「会議を行うぞ。代表を集めろ、三十分以内だ」
現在、この学園の生徒会室が俺たちの活動の中心になっている。
幾らなんでも俺達だけで学園の避難民全員を統率することは無理なので、元職員やリーダーシップのある中学生や高校生には下っ端の方を任せることにしている。
俺達と渡良瀬市警の三人は主に見張りや偵察、物資調達の護衛を担当し、学園の生徒会メンバーには校内の自警などをやらせている。食事に関しては、自称一流のコック(腕は本当にいい)、尾上がいるので質では困っていない。むしろ量の方が最近は問題になりつつある。小学生は正直に言えばお荷物だが、捨てる事もできない(人道的に)ので、学園内の一角に専用のスペースを作り、今までと大差ない生活を送らせている。高校生、中学生は以外と勤勉で、校内の補強や食糧調達の手伝いをしてくれることが多い。それでも不良や粋がったギャルは一切働かないのだが、今の所は邪魔をしてこないので放置している。もちろん、問題を起こしたら即刻、射殺か、奴らの餌にするつもりだ。昨日の停電が原因で食糧の七割が死滅したので、そろそろ働いたものだけ(小学生は除く)に食事券なるものを与える配給制を導入しようかと検討している。まあそんな事をしたら、あの絶対人権主義者の女教頭が黙っていないと思うが。
そして今、この生徒会室には俺と準一、中学生を仕切らせている寛人とその友人らしき眼鏡の少年と、高校生の代表、生徒会長の阿久津さんと女教頭、後は市警の鷹見と矢島が集合している。
これから話し合う議題は一つ。
現在、この学園の水面下で起きている深刻な食糧問題についてだ。この問題は一般の生徒には知らされていない。恐らく、今回の会議で初めて耳にする人間もいるだろう。それに、このことを公表しない理由はあくまでパニックを防ぐためなので、このことを知った人間には絶対に他言しないことを義務付けている。
俺は集まった首脳の面々を見回して、心の中で思った。
(これじゃあ、まるで戦時中の情報操作をしていた軍部と変わらないよな)
現在、生徒から食糧の在庫などの情報公開は求められていないので心配無用だが、もし不良が”知る権利”を行使してきてくだらないことをほざき始めたらどうするかな、とくだらないことを考えながら会議を始めるために暑さで思い口を開いた。
「集まってくれてありがとう。現在、出席していない者はいるか?」
俺の問いかけに、阿久津さんが、
「はい。現在、洋一君が食糧庫の警備をしているため、出席していません。あとは全員いるかと」
「そうか。なら問題はないな。これから君たちに伝えることは非常に大事で、広がると収拾が不可能になるような原子爆弾級の情報だ。くれぐれも一般生徒には漏らさないように、特に不良とかな」
「え?一体、何なんですか?そこまで危険なことが起こったんですか?」
寛人が不安の色を顔に浮かべながら、俺に尋ねる。
「ああ、学園に備蓄してある食糧の七割が死滅してしまったんだ、うん」
「ああ、そうなんですか――――って、ええっ!?」
素っ頓狂な声を上げて寛人が机を勢いよく叩く。あまりの勢いに、その事実を聞いた寛人よりも周りのメンバーの方が驚いてしまっていた。
「詳しく説明するとだな、昨晩の嵐の落雷を覚えているか?あれで学園の蓄電器とその他諸々の機材が焦げて、使い物にならなくなってしまったんだ。それに今日の快晴が重なり、湿度は急上昇。生ものは完全に腐敗した生ごみと化してしまった」
「腐ってても無いよりマシじゃねえの?」
矢島が警棒で背中を掻きながら、俺に尋ねる。
「いや。食中毒は避けたいんだ。病院も何もないこの状況で集団食中毒は御免だからな。この中で、病人のゲロの始末を請け負ってでも食いたい奴はいるか?」
「ぼ、僕は遠慮しときます」
「……俺も」
口々に皆はそれを拒否した。
俺だって、そんな汚れ仕事は御免だった。食中毒で死にかけた病人の面倒を見るのは、何処かの無免許で継ぎ接ぎの名医がやればいい事だろう。
「じゃあ、どうします?」
阿久津さんが俺に尋ねてきた。書類仕事が得意そうで万能に見える彼女も、流石に食糧の調達をどうするのか? なんていう知識はないらしい。
「俺の意見としては、この近くにまだ食糧が残っていて尚且つ運搬が容易な場所からの調達が望ましいんだ。そういう場所がこの市にあればいいんだが……」
「そんなに切羽詰っているんですか?」
「そうだ。ここにいる全員の食糧を賄ったとして、あと一週間が限界だ」
その言葉に、動揺が一同に広がった。
無理も無い。この炎天下の季節に、食糧が尽きるという事は死人が出るということも覚悟しなくてはいけない。
俺は追い討ちを掛けるように、悲観的な事実をもう一つ告げた。
「それと。水も停電で浄水機能が停止したから、限りがあるんだ。冷蔵庫と浄水器の復旧には停電した箇所を修復する事が必要だ。だから俺はここでチームを二つに分けたい。校内の復旧チームと、物資の調達チームだ」
もちろん俺は食糧調達チームだ。精密機器の取り扱いは俺の部下の方が上手い。
復旧チームは機械の取り扱いが上手いらしい寛人の友人の雅人という少年を筆頭に白鳥や松山が得意なので、任命された。女教頭も校内で仕切りたいらしく、居残りチームを選んだ。食糧調達チームには俺と準一、寛人に阿久津さんと矢島が参加する事になった。あくまで最初の目的は、調達できる場所を探してそこに食糧がある事を確認することであって、大規模な輸送部隊を編成する必要はない。
チーム編成の後、復旧チームは俺達と別れて蓄電器の修理に向かった。俺は他の四人と一緒に残り、調達場所をリストアップすることにした。
まず、阿久津さんが地図を見て、平凡な意見を出した。
「この近くのデパートはどうですか?まだ食糧も残っているかもしれません」
「そうだな。でも、人が居なくなったデパートは冷蔵機能が生きている保障はない。それに大きい建物は人目につきやすいから、もう持ち運ばれている可能性もある。それと……」
俺は間を空けて、一番不安だったことを話した。
「デパートには他のグループが居座っている可能性もある。俺達のように普通の人間だったらいいが、もし危険な人間が集団でそこを根城にしていた場合は、特に君みたいな可愛い女の子が危険かも知れない」
「ふえっ!?そ、そんな可愛いなんて!」
「あ、すまない。気に障ったか?」
俺は阿久津さんが顔を真っ赤にして、変な声を出したので、何か気に障ることを言ってしまったのかと思い、素直に詫びた。
「え?そんなことじゃないですよ!うん、ホントに!」
「……?ならいいんだが」
俺は阿久津さんの様子を少し不信に思ったが、なにやら触れてはいけない気もしたので、スルーした。しかし俺とは対照的に、他の三人は俺を道端で酔っ払って寝ている中年オヤジを見るかのような軽蔑の眼差しを向けていた。
「な、何だ?俺は何か拙いことでも言ったのか?」
「響夜、少し鈍感だぞ?」
「俺も同意」
「僕もです」
「……?意味が分からないんだが……」
俺は周りの視線がどんどん冷たくなっていくのを感じ、避雷針の如く話題を切り出した。
「それでだ、デパートは危険だと思うんだがどうだ?」
四人は頷いた。
矢島はならず者が屯うデパートを想像したのか、机をガンガンと叩いた。
「チクショウ。もし友好的じゃない奴らが居た場合、強硬手段を使わないと駄目になるのか。となると、何処かの兵器会社の社長が開発したような、無敵で空も飛べるパワードスーツが必要だな」
「アイ○ンマンか。ま、そういうことになるだろう」
結局、俺の意見が尊重されたのか、デパートという案は廃案になった。
同時に会議の流れもストップした。この街は小さい訳ではないのだが、大きなデパートがそう多い訳ではない。俺が知る限りでは、廃案になったデパートと町外れのショッピングモールしか思いつかない。
しかしショッピングモールは地理的に厳しい。まず距離がかなり、学園から離れているので、食糧があったとしても、運ぶのにリスクが大きい。そもそも、ショッピングモールまでの道程を大型のバスやハンビーが通れるとも限らない。打ち捨てられた車に塞がれている可能性大だ。となると考えられる場所はやはりデパートしかないのだが……。
「う~ん、いい案は無いものだな。俺よ準一はこの街の住人じゃないから、知識も乏しいし……」
「俺も市警に務めていたけどよ、思いつかねぇわ」
「私も実家は市外ですから、あまり詳しくは……」
当然、四人の視線は唯一のここの住人、逢海寛人に集まる。
「ええ?僕ですか?いきなり言われても少し困るっていうか…………っ!」
寛人は突然、何か思いついたように身体を硬直させた。
俺は突然の豹変に、首を傾げながら尋ねてみる。
「どうした?何か思いついたか?」
寛人は不安そうな表情で、
「いえ……、商業施設じゃなくてもいいなら、一つ心当たりがあるんですけど……」
「言ってみなさい。どんな些細なことでも構わないよ」
準一が寛人を諭す。寛人はゆっくりと頷き、椅子から立ち上がった。そして窓際に移動する。
生徒会室がある東校舎は一番端なので、窓からは渡良瀬市の内陸側にある小さな山が見える。正しくは天然の山を開発して、団地にしようとした計画の名残なのだが。
今、生徒会室の窓から見える山には、中腹に大きな屋敷が見える。見た目だけで何処かの成金の精一杯の見栄だ、と分かってしまうような一品が存在していた。
「で、あの山がどうかしたのか?」
「はい。正確には山じゃなくて、屋敷の方が重要なんですけどね」
寛人は四人に言い聞かせるように注釈し、もう一度山の方に視線を移した。
「えーと、それでですね。あの屋敷は僕の学校の生徒の家なんです。それにお金持ちだし、食糧とかもきっとあると思いますよ」
ふん、と俺は頷いた。
確かにデパートよりも安全だし、距離的にも安全的にも悪くは無い。
「よし、その案を採用する」
「あー、やっぱり駄目ですか……って、ええ!マジですか!?」
「ああ。お前の単純な思考が俺達の盲点を突いたんだ。お手柄だぞ」
「――――褒めてるんだか、貶してるんだか分かりません」
「もちろん、褒め言葉だ。胸を張れ」
俺は自分の発言のフォローをしつつ、立ち上がった。それから全員に伝えるように声を張り上げる。
「出発は明日の朝からだ!全員、準備を整えろ!」
四人が頷いたのを確認し、俺はその場を後にしようとした。
しかしそれと同時に、ガチャリと生徒会室の扉が開かれた。まるで見計らったかのように。なにやらエプロン姿で、お盆を抱えて入ってきたのは和泉だった。
「ん?どうした?」
俺は突然の来訪者に戸惑いながらも、落ち着いた声で尋ねた。和泉は恥ずかしそうに、自分の持っていたお盆を差し出す。
「あ、ああ、あの!これ、さっき作ったんですけど、良かったら食べてください!」
お盆の上には五人分に切り分けられた卵の厚焼きが盛られている。見た目は一流シェフの料理のようだ。
「お、気を利かすね~、お嬢ちゃん」
矢島が下卑ているが、感じのいい笑みを浮かべて褒めた。俺は笑顔でそれを受け取り、
「ありがとう。美味しく頂くよ」
「は、はい!良かったら、後で感想をお願いします!」
そう言って、和泉は部屋を後にした。
俺は卵の厚焼きを手に、もう一度椅子に座った。テーブルの上に置いたそれはとても美味しそうな雰囲気を醸し出している。
「じゃ、冷めないうちに有難く頂こう」
俺は手で厚焼きを掴み取った。四人もそれに習い、手に取る。
俺は結構、期待しながら口へ放り込んだ。和泉が麻里に似ているという事もあり、かなり嬉しかった。口にする前から、蕩けるような味は容易に想像できる。そしてそれは現実になる、
と思っていた。
厚焼きを口に放り込んで、一噛みした瞬間。言葉では形容しがたい味が口一杯に広がった。
目の前が激しくゆれ、平衡感覚を失う。これが脳震盪なのか? という錯覚まで覚えた程だ。失礼かもしれないが、これは卵の厚焼きではなかった。
(――――俺、死ぬのか?)
最後に心の中で呟き、
俺はこの罰ゲームからログアウトした。
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